さすが救国の英雄。そこら辺の貴族よりもよっぽど裕福だわ――なんて思うのと同時に、イアンの教育のためなら出費を惜しまないアシュレイの熱心さもうかがい知れる。
 

 俄然、やる気が出てきた――!
 

「これだけ整った環境なのですもの……。イアン様をクラス一、いや学校一のダンスマスターに育て上げてみせましょう!!」
 
 腕まくりする私を見ながら「ダンスマスター? いや、そこまでじゃなくても」とアシュレイが小さくツッコミを入れてくる。
 
 しかし、当の本人であるイアンが「ダンスマスターに僕はなる!!」と宣言したため、アシュレイは「うん、がんばれ」と言ったきり口をつぐんだ。

 
 魔道蓄音機の電源ボタンを押すと、台座にはめこまれた魔道石が光り、録音保存されていた優雅な音色が流れ始める。

 ワルツの調べを確認しながら私はイアンたちに向き直った。
 
「さて、イアン様。舞踏会で気をつけるべきことは、踊りだけじゃありません。会場に入った瞬間から、駆け引きが始まっているのです」

「つなひき?」

「綱引きじゃなくて駆け引きですよ。舞踏会とは、貴族の思惑に満ちた――まさに戦場! 物珍しそうにキョロキョロしたら一発でお上りさんだとバレるので、気をつけて下さいね」

「舞踏会は戦場。わかった。一発おのぼりさん、気をつける!」