「企業秘密なんて冗談ですよ。別に特別なことは何も。イアン様のことを知りたいなと思って、お話しを聞いていただけなんです。自分の気持ちを話すのって結構、勇気がいることですから。それで打ち解けたのかもしれません」

 両親は今も昔も、娘の話を全く聞かない人たちだった。そんな彼らの姿を見て育った私は、子どもの頃から思っていた。

 ――こんな大人にはならないぞ! と。

 
「私はイアン様のお話をしっかり聞くことで、少しでも気持ちに寄り添えたら良いな、と思っています」

「素敵です」

 と、アシュレイが真顔で言った。

 今までの塩対応から一転、急に褒められて驚いてしまう。

「えっ!?いえ、そんな! 至らない所もあるかと思いますが、頑張りますのでよろしくお願いします」

 立ち上がって頭を下げると、目の前に手が差し出された。顔を上げると、いつもの爽やかポーカーフェイスのアシュレイと目が合う。

「こちらこそ。これから、よろしくお願いします」

「はい――!」

 彼の大きな手を握り返し、私たちは契約成立の握手を交わした。

 ここから人生リスタート。
 侯爵令嬢をやめた私の新生活が幕を開けた――。