「ビッキー、行かないで!」
 
 両手を広げたイアンが、通せんぼするように扉の前に立った。

 アシュレイが「お客様をお見送りしよう」と優しく諭し、やんわり退かそうとするものの、イアンは「いやだ!」と首を横に振った。

 イアンの完全拒否に、アシュレイは面食らっているようだ。

 いつもは何事にも動じなさそうなポーカーフェイスの彼にしては珍しく、目をぱちくりさせて言葉を失っている。
 
 普段のイアン少年は、こんな風に我が儘を言う子ではないのだろう。

「僕の先生は、ビッキーがいい!」
 
「だが、女性は……」

「家庭教師の女のひと、僕にアシュレイのことばかり聞いてくる。アシュレイの近くにいたいから、僕の先生やってるんだ。僕が邪魔だって言うひともいた」

 子どもの口から語られる残酷な内容に、私は絶句した。

 アシュレイも過去の出来事を思い出しているのか、やるせない表情を浮かべている。

 難しい顔をする大人二人を見て、イアンは怒られていると勘違いしたのだろう。涙を浮かべながらそれでも話し続けた。