名前欄に記載した名前は、ビクトリア・キャンベル。
 フェネリー姓は使わなかった。
 

 高位貴族の侯爵令嬢が働くなんて前代未聞。

 何か問題を抱えているんじゃないかと噂になったり、書類選考の時点で疑念を抱かれ不利になるのは避けたい。


 かわりに名乗る「キャンベル」は、母方の遠縁にあたる地方貴族の姓。
 

 贅沢を好む母と(つつ)ましやかなキャンベル当主は折り合いが悪く、親戚といっても昔から疎遠だった。

 一方で、キャンベル当主と波長の合う私は、しばしば手紙のやりとりをしていた。
 
 今回も家を出るにあたって、就活の際にキャンベル性を名乗っても良いか尋ねると、当主からすぐさま了承の返信が届いた。


『遠慮なく我が家を頼りなさい』という心強い文章に、どれほど背中を押されたことか。
 
 キャンベル当主には感謝してもしきれない。
 

 生活が落ち着いたら、元気にやっているという報告の手紙と一緒に、この街の特産品を送ろう。