「私は、お二人のことを愛していました。ですが、私だけが我慢して、与えられるはずのない愛情を求めて犠牲になる。そんな家族関係は、終わりにしたいのです」
 
 ちょうどその時、手配していた馬車が屋敷前に到着した。

 そばに控えていたレイラがすかさず旅行カバンを馬車に運んで行く。

「どうか、お元気で」

 私は走って立ち尽くす両親の横を通り過ぎ、馬車へと乗り込んだ。

「お嬢様、どうかお元気で」

「ええ、あなたも。今までありがとう」

 長年仕えてくれた侍女のレイラが、涙のにじむ目元を拭いながら恭しく頭を下げる。

 それに頷き返し、御者に「出してください」と声をかけると、すぐに馬車が動き出した。

「まっ、まってくれビクトリア!」

「お願いよ、出て行かないで!」

「ビクトリア! ビクトリア――!」

 両親の切実な叫び声が聞こえたが、私は一度も振り返らなかった。
 
 そのかわり、心の中で囁く。
『さようなら、愛していました』

 
 過去を振り払い、爽やかな風とともに私は屋敷を去った。
 
 
 向かったのは、王都から馬車で三十分ほど離れた新都市だった。

 これから、新生活が始まるんだ――。
 
 馬車の窓から流れる景色を眺め、私は期待に胸を高鳴らせた。