私はしゅんとした顔でうなだれていたが、実際はすべて右から左へ聞き流していたから、父が何を言っているのかひとつも覚えていない。
 
 社交界を去る前に、救国の英雄と話が出来て良かった。

 偶然の出会いと命拾いした幸運を噛み締めながら、私は心地よい馬車の揺れに身を任せた。

 
◇◇
 

 案の定、帰宅してからも両親は大変ご立腹だった。

 延々と説教され、解放される頃には日付が変わっていた。

 就寝前に一応「お休みなさいませ」と声をかけてみたが、ふたり揃ってこちらを見もしない。

 無視は両親の常套手段。言うことを聞かない時、思いどおりにならない時、彼らはいつも私を透明人間のように扱うのだ。

 今までは両親に嫌われるのを恐れて、彼らの望むように動き、必死にご機嫌を取ってきた。
 
 捨てられたくなかった。愛されたかった。
 
 でも、どんなに頑張っても両親は満足しない。ひとつ願いを叶えれば、二つ三つと要求してくる。

 彼らが私に向けてくる『期待』という名の願望は、底なし沼のように際限が無いのだ。

 抜け出せない沼に嵌まった人は、いつか衰弱して死に至る。

 そうなる前に、フェネリー侯爵家という泥沼から這い上がらなきゃ――。