戦場から帰還したアシュレイには、上官のマクガレンから「家族サービスの刑」と称した療養休暇が与えられたが、報奨として授けられた領地経営の事務に追われ、なかなか休めずにいた。

 今日も今日とて、屋敷の書斎で書類仕事をしていると、コンコンと部屋の扉がノックされた。

 入室を許可すると、家令が入ってきて一礼する。

「旦那様、馬車の準備が整いました。奥様とイアンお坊ちゃまがお待ちですよ」

 家令はアシュレイの手元にある資料を見ると「あとはわたくしにお任せください」と申し出てくれる。

「では、すまないが、このあとは頼んだよ」

「はい。(つつが)なく処理しておきます」

 アシュレイが戦場から帰還してからというもの、クラーク家の家令は仕事が増えたにもかかわらず、いつもニコニコしている。

 不思議に思っていると、彼はアシュレイの疑問を察したのだろう。年かさの家令は目を細め、穏やかな表情で理由を告げた。

「旦那様の楽しそうなお姿を見られて、わたくしは幸せでございます」

 彼は元々、実家の屋敷で働いていたため、アシュレイの幼少期についても詳しく知っている。
 
 両親の不仲な様子に心を痛め、泣いていた幼い日の自分を、誰よりも側で見てきた人だ。
 きっと、息子の幸せを見守るような心地なのだろう。

 アシュレイは長年仕えてくれている彼に、感謝の気持ちを込めて告げた。

「これまで、俺のことを見守り、支えてくれて感謝する。これからも頼むよ」

「もちろんでございます。クラーク家の平穏と幸せを守るのが、このわたくしの生きがいでございます。──いってらっしゃいませ、旦那様」

「あぁ、行ってくる」

 いつもどおり綺麗なお辞儀をする家令に見送られ、アシュレイは家族の待つリビングへ向かった。


 
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