小悪魔な妻の誘惑に弱いアシュレイは、思わず頷きそうになるのをぐっと堪え「駄目だよ」と首を横に振る。
 
 美声な彼女の前で、自分の音痴を晒すなんて恥ずかしすぎる。
 男はいつだって、好きな人の前では格好つけたい生き物なのだ。
 
 ビクトリアが「なぁーんだ、残念!」と言って、少し口を尖らせた。可愛い。
 
 気付けばアシュレイは「心配だ」と呟き、物憂げなため息をついていた。
 
「何が心配なの? 悩み事?」
 
「君に悪い虫がつかないか心配なんだ。子供劇団への付き添いは、次回は俺も行くよ」

「ええ? 私ひとりで大丈夫よ?」

「君は昔から魅力的だったけど、レティを産んでからますます綺麗になった。世の男が君に惚れたら大変だ。一人じゃ危険だよ」

 ストレートに褒めると、ビクトリアは頬を染めて「ありがとう」と呟いた。恥ずかしがり屋な所は何年経っても変わらない。あと鈍感なところも。
 
「悪い虫なんて付くわけないじゃない。私、既婚者だし子供もいるのよ」

「はぁ、君は自分の魅力に無自覚だから困る。俺が二人いたら、こんな美人は放っておかない」

「ふふっ、あなたが二人居たら、毎日二倍口説かれて大変だわ。それに、救国の英雄の妻に手を出そうなんて命知らず、この国に居ないわよ。あと――」