要は書面を手に目を滑らせた。

 「なるほどな。まあ、ピアニストとしての報酬、名声もほとんどを堂本コーポレーションのために捧げると言うことだな。社長夫人としての仕事もすると……」

 「はいそうです。お父様に満足頂ける会社の利益に結びつくようなリサイタルをピアニストとして行います。黎さんの妻としての仕事もやっていきます。それでも私のことがお気に召さなかったりするようでしたら、契約を……」

 要は百合を真剣に正面から見ながら話した。

 「これはね栗原さん。君も契約解消できるんだよ。つまり、ピアニストとしての人生を優先したくなったら、制約の多い結婚をやめることも出来る。君の我慢比べだな。君にとっていいことは何ひとつないんじゃないか?」

 百合は頭を振って言った。

 「彼と一緒に過ごせる。形ばかりでも妻になれる。それだけでいいです。そして、ピアノに触ることを許された。後は何も望みません」