「好き。一生で一度くらい、思いっきり好きなこと、やりたいって思ったの。」

見た感じどおりの、相当なお嬢様なのだろう。
カラオケも行ったことがないとは、自分の生きてきた生活水準とは違うんだなと思い知らされる。

女子高生の強い眼差しにオーナーはこくりと1度頷くと、俺の方を振り返る。


「レイくん。ピアノ、弾けたよね?」
「まぁ、多少は」

こう見えて実は小さな頃少しだけピアノを習っていた。
習うのをやめたあとも、好きな曲を好きなように趣味で弾いていた。


「何を歌いたい?」
「これ。」
「弾ける?」
「多分いけます」


彼女が見せてきたのは以外にもロック調の曲だった。
軽くその曲を聴いた後、俺は店の奥のピアノの前に座る。
誰も使っているのを見た事がなかった。
だけどオーナーが毎日掃除をしているから、黒いピアノの上には1つもホコリなど見当たらなかった。

簡易的なスピーカーとマイク。

スタンドマイクの前に、女子高生は立つ。


「いいか?」
「いつでも大丈夫。」

女子高生は落ち着いた様子で俺にそう言う。
俺はピアノの鍵盤に触れた。








「とても綺麗な声だったよ。」
1曲が終わると、その場にいたお客さんも感激したようで女子高生に拍手している。
オーナーもカウンターの奥で、優しい微笑みを浮かべている。