猫神さまは猫たちと共に蝗害を食い止めてくれる。だが、猫という生き物は人に命令されて動くような動物ではない、高貴で気高く、自由な存在だ。
 パーティーが始まる前、王都に住まう猫を使って聖女の力を試したが、猫はユリアに従うどころか、逃げて隠れしてしまった。

「猫が私に寄りつかないのは、きっと、王子さまが私を大切にしてくれないからよ!」
 ユリアは大きな瞳を潤ませながら訴えた。すると、さっきまで目をつり上げていたセタンタはとろんと目尻を垂らし、だらしない顔になった。
「そうですね~。きっと、レオン殿下の聖女への誠意が足りないんですよ~」

 またこれだ。と俺は頭を抱えた。
 聖女ユリアには『魅惑』という加護がある。彼女が涙ながらに訴えると、途端に周囲にいる者は恍惚とした表情になって、彼女の言いなりになる。
 俺だけ、魅惑の力が効かなかった。

「君の力は、求めていたものじゃないようだ。悪いが、元の世界に帰ってくれないか?」
「嫌よ」
 ユリアの目つきがきつくなった。
「私、帰らないわ。大好きな推しを抱きしめるまでは諦めないんだから!」

 推しってなんだ……? と考えていると、
「兵隊のお兄さん、何をぼおっと突っ立ってるの? 王子さまがご乱心よ? 私に危害を加える前に早く捕らえなさい!」
 彼女はあろうことかこの俺に向かって指を差し、護衛兵に命令した。

「待て。ユリア嬢、いったい何を言っている?」
「承知しました。聖女さま」
「はあ? 気は確かか、おまえたち。俺はこの国の王太子だぞ。捕まえるのは聖女ユリアだ!」

 命令を下したが、俺はあっけなく護衛兵に捕らえられた。手を後ろにして縛られた。

「ちょっと待て! 正気かおまえたちって、正気じゃないのか、くそ!」
「あら、白馬の王子さまがくそとか言ったらだめよ。イメージ大事!」
「俺の愛馬は黒馬だ!」
 今大事なのはそこじゃないが、つい向きになった。護衛兵が両脇に並び俺を引きずっていこうとする。

「王子を地下の牢獄へ」
 目を見張った。 
 この女は城に来たのは今夜が初めてのはず。なのになぜ城の地下に牢屋があると知っている? 転移者のなせる技か? 

 胸の前で腕を組み、蔑むような目を向ける彼女を、俺は引きずられながら睨んだ。
「おまえの目的はなんだ? この国を、王家を乗っ取ることか?」
 身体をよじり、護衛兵の一人に頭突きを食らわす。抵抗しながら聖女に訊いた。