「媚びへつらう他の貴族とは違い、俺に物怖じしない君が好きなんだ。聡明なジュリアでなければ王妃は務まらない」
 ちょっと待って! レオンさま、告白する相手を間違えてるわ。その台詞、本来は聖女に言うものです!
 ゲームをプレイしていたときは感動でわーきゃーと喜んだシーンだ。目の前で見られるのはファン冥利につきる。がしかし、告白相手が自分では純粋に楽しめない……!
「今まで散々私を避けて来たのに、いきなり好きと言われても、信用できないわ」
「ジュリアだって、俺に冷たかった」
 レオンが苦しそうに顔を歪め、さすがに胸が痛んだ。顔を横へ逸らす。

 その時、みゃーと猫の声が天から聞こえた。
 驚いて見上げるとシャンデリアの上に金色に輝く双眸があった。獣の低いうなり声が聞こえる。
「仔猫? どうしてそんなところに、わっ!」
 レオンが声を発すると同時に仔猫は飛び降りた。着地場所はレオンの顔だ。しっぽまで毛を逆立てた仔猫は彼の服に噛みついたり、シャーと威嚇しながら猫パンチを炸裂させた。
「殿下! 何事ですか?」
 騒ぎに気づいた護衛兵が駆け寄ってくる。
「なんでもない。来るな!」
 護衛兵が来ないようにと指示を飛ばすレオンの頭に仔猫は飛びつくと、がぶりと噛みついた。
 その場にいた誰もが叫び、顔を真っ青にした。
「だ、だめよ、猫さん!」
 私は猫を抱きかかえた。
 どうしよう。いくら猫さまと言っても、王子に傷を負わせた。不敬を働いた罪で餌抜きの刑になるかも!
 私が守らなければと意を決すると「猫に代わって謝ります。ごめんなさい!」と叫んだ。
 猫を抱きかかえたまま身体を翻し、扉の外へ飛び出した。階段を下りて、転がり込むように馬車に乗り込む。
「早く出して!」
 馭者は一瞬戸惑いを見せたが、すぐに馬車を出した。揺れる車窓から後方を見る。さすがのレオンも追って来ていないとわかり、ほっと息を吐いた。


 遠くなっていく王城は闇夜の中で、煌々と白く光っていた。王妃教育を受けるために十年間通い詰めたがそれも今日で終わり。 
 名残惜しく感じるのはきっと、レオンさまが顔面で猫を受け止めていたからだわ。大丈夫かしら?
 腕の中の仔猫がか細く一鳴きして、あわてて手を離した。仔猫は床に下りると身体をぷるぷると震わせた。少し不器用に毛繕いをはじめる。
「シャンデリアから降ってきた仔猫さん、あなた、パーティー会場にもいたでしょう?」
 問いかけると仔猫は甘えるような声で鳴いた。驚かせないように手をゆっくり伸ばすと、頭をこすりつけてきた。
「か、かわいい……!」
 恋い焦がれた猫が今、目の前にいる。なんて幸せなんだろう。

 仔猫は頭と背中、しっぽは金色でふさふさの長い毛をしていた。お腹は白い。毛艶もよくないが、翡翠色の瞳はガラス玉のように澄んでいてきれいだった。
 顎の下を指でくすぐると目を細め、ごろごろと喉を鳴らしはじめた。
「あなたが現れたから逃げられたわ。ありがとう。でも、引っ掻いたり噛みつくのはだめよ」
 猫は目を開けると、長椅子の上に移動した。足を前にして伸びたあと、大きなあくびをした。