「殿下、強く握られて痛いです。手を離してください」 
 言われてやっと気づいたらしく、彼はあわてて私の手を自由にした。掴まれていた手首をさすりながら外へ向かうために回廊を進む。
 レオンは侍従と護衛兵たちに「その場で待機、誰も近づけるな」と命令すると、真横に並びついてきた。
「神の加護を得られて国が安定すれば、俺は君と再び婚姻を結びたい」
「は? 冗談でしょう?」
 私は立ち止まると、傍に護衛がいないのをいいことに、彼の胸に扇子を突き立てた。きっと、睨み上げる。
「あなたは王太子。ゆくゆくはこの国の王! そんな人が簡単にパートナーを取っ替え引っ替えするものではありません。ご自分の立場をわきまえなさい。この国のためにも、彼女のためにも大切にしてさしあげて!」

「彼女はこの国を救う聖女だ。もちろん大切にす……」
「聖女を利用するみたいで反対だったのなら、その意思を貫きなさい。そもそも、聖女に頼る前に自分でできることがあるでしょう?」
 ジュリアは扇子を開いて閉じると床に落とした。意味は『あなたは酷い人ね。お友達でいましょう』だ。
「私は、自分の道は自分で切り開きます。殿下、どうぞ邪魔をしないでくださいませ」
 彼に背を向け、ドレスの裾を掴み、玄関ホールを駆け抜ける。
 開け広げられた両扉の向こうに我が家の馬車が見えた。この城ともおさらばだと思うと、足が軽い。清々しい気持ちで外に躍り出ようとしたときだった。

「ジュリア」
 やっと納得してくれたかと思ったが違った。レオンは再び私に追いつくと、前に立ち憚った。
「俺はこの国の王子の前に一人の男、レオン・ノヴォトニーだ。自分の立場はわかっている。だが、俺が本心から大切にしたいのはジュリア、君だ」
 真剣な顔と声だった。彼は私の前で片膝をついた。