「なぜ、聖女に婚約指輪を渡した?」
「必要ないからです。私は王太子妃になりたくない」
 背の高い彼を見上げてはっきりと伝えた。
「殿下。会場に現れた虫騒ぎは落ち着きましたの? ユリアさまを会場に残してきたんですか?」
 彼の後ろには護衛兵と侍従はいるが、聖女の姿はない。
「虫は始末した。聖女は老臣や神官たちと共にいる」
「レオンさまがいないと心細いと思います。聖女さまと来賓の方々のためにもさあ、早く戻ってください」
 彼の仕事は私を追いかけることじゃない。帰れという意味で、レオンの肩をぐいぐいと押す。するとその手を掴まれた。

「君はこれからどうするつもりだ?」
「自由気ままに旅をして暮らします!」
 レオンは眉間に皺を寄せた。
「旅? だめだ危険すぎる」
「大丈夫、平気です。私のことよりも、殿下はさっさと聖女さまとのご婚約を結んでください」
「ユリア嬢とは婚約しない」
 今度は私が眉間に皺を作った。
「私との婚約を白紙にしたのは、聖女さまと結婚するためでしょう?」
「ジュリア、聞いてくれ。神獣のさらなる加護を得るためには、聖女と王家の結びを強めよと、神官たちが強く言うから試すだけ。君との婚約破棄は、しかたなくだ」
「はい?」
 しかたなくですって? 見せつけるように、さっきまでユリアさまと仲良かったのに?
 ゲームでのレオンは聖女にべた惚れだった。婚約はまんざらでもないはず。

「みんなに祝されて、ユリアさまと婚姻を結べそうで良かったですね」
 にこりと微笑むと、レオンは気色ばんだ。
「君は婚約破棄を喜んだり、俺が聖女との仲よくなることを良かったと、本気で言っているのか?」
「あたりまえでしょう?」
「俺は、突然この世界に連れてこられた彼女を利用するみたいで反対だった」
「だけど、しかたないから、神官たちに従い利用するお考えなのでしょう?」
 レオンは渋い顔のまま言葉を噤んだ。