賑わうパーティー会場のホールとは違い、回廊は静まり返っていた。
 等間隔に飾られているのは、ピンクや白のガーベラだ。オレンジ色の花に触れ、そっと匂いを嗅ぐ。
 さっき、聖女から甘い花の香りがした。ガーベラとは違う、独特の香り。久しぶりに嗅いだ匂いだったけれど、何の花だったかしら……。
 
 ばたんと激しい音をたて、会場のドアが開け広げられた。
「たかが蝗虫一匹にみんな大げさ! 見てよ、葡萄酒が零れてドレスが汚れたわ」
 派手に着飾った女性が髪を振り乱しながら出てきた。壁に立つ護衛兵に怒鳴りつけてこちらへ向かってくる。
 我がウーエルス国は農地が大半を占めるけれど、王都に田畑を荒らす虫が現れたことは、これまでに一度もなかった。城に入ってきたのは今夜が初めてだ。
 蝗虫って、光に引き寄せられる習性があったかしら? あまりにもお城が明るいから呼び寄せてしまったのかも。
 会場に現れたのが一匹だけで良かったと安心していると、レオンまで会場の外に出てきた。目が合った瞬間、私は彼に背を向けた。呼び止められる前に逃げ切ろうと、足を速める。
「あら、殿下。急いでどちらへ?」
「お久しぶりです、モーガン侯爵夫人。今日は私のためにお越し頂き誠にありがとうございます。夫人はいつ見ても見目麗しいですね」
 モーガン夫人、いいタイミングの登場ですわ。そのままレオンさまを引き留めていて! 
 夫人が足止めをしてくれている間に、さらに距離を稼ぐ。
 レオンは幼いころから愛想がよかった。老若男女関係なく人が寄ってくる。けれど、婚約者の私にだけはいつも冷たく、無愛想だった。

 ある日、城内で猫と遊んでいると、「毛が飛ぶ」と言って追い払ってしまった。猫との触れあいが王妃教育を受ける私の唯一の癒しだったから、悲しかった。
 レオンは毎年私の誕生日にオレンジ色のガーベラを贈ってくれた。婚約者の義務を果たすためだろう。
 ガーベラの花言葉の意味なんて、レオンは知らないのでしょうね。
「ジュリア。話は終わっていない」
 レオンはモーガン夫人をあっさり振り切ったようだ。私の腕を掴んで引き留めた。