「猫神さまについて知識不足だった私たちが悪いんです。ユリアさま」
 傍で泣いていたユリアはいきなり名前を呼ばれ肩を跳ね上げた。

「あなた、猫が好きなのね?」
「そうよ。猫が好き。だから王子に近づいたの」
「猫に、触りたい?」
「ええ、もちろん。両手でもふもふと毛の手触りを確かめてみたいわ!」

 彼女はいき過ぎるところがあるけれど、猫や動物が好きな人に根っからの悪い人はいないはず。
 私は頷いてから、口を開いた。
「さっきから気になっていたんだけど、その匂いもしかしてユリじゃない? それはどこから?」
「ここよ」と、ユリアはスカートのポケットから小さな巾着を取り出し、見せてくれた。
「転移したときに持ってきたの」
「原因はそれね。今すぐ手放しなさい」
 ローリヤに渡すように言うと、「なんで?」と聞き返された。

「ユリは、猫にとって毒です」
 ユリアは今まで一番、目を大きくさせた。
「意外と知られていないけれど、猫にとって毒になる、観葉植物や花の種類は多いの。ユリもその一つで、花や葉には毒の成分があります」

 私はレオを見た。
「レオンさまの誕生日パーティーの夜、レオが会場から逃げ出したのは、ユリの花の匂いに耐えられなくなったから。そうでしょう?」
 レオは大きく頷いた。それを見たユリアは唇をわななかせた。
「私、子どもの頃から親にお守りだって言われて匂い袋を持たされていたの。そういえば、これを持たされるようになったの、捨て猫を拾ってきたあとだったかも。まさか、この匂いで猫が寄りつかなかったなんて……!」
 ショックだったらしく、彼女はすぐにユリの匂い袋をローリヤに手渡した。彼女の傍にいた猫がぱっと放れる。

「まだ、匂いが染みついているかも知れないけど、でもこれで猫に触れるようになると思います」
「匂い……ちょっと待って」
 レオンがズボンのポケットから何かを取り出すと、ユリアに差し出した。
「小枝?」
 ユリアが首を傾げる。
「猫が好きなマタタビだ。さっき一度、塩水に浸かっちゃったけど……」
「マタタビ? 猫さんが興味を持つはずよ。猫は大きな音や、知らない物を嫌がるの。初対面のときは警戒しやすいから、ゆっくりと近づいてみて」

 ユリアは頷くと、レオンから受け取った。縞柄の猫がさっそくマタタビに興味を持ったようで鼻を近づけてきた。
「ユリアさまその調子。顔に手を持って行くと怖がられるから、背中や腰にそっと触れてみると良いわよ」
 アドバイスをすると彼女は言われたとおりに猫の腰に静かに手を伸ばした。猫は一瞬振り返ったが、威嚇することはなかった。

「さ、触れた……!」
 ユリアは声を抑えつつも破顔した。
 家族にアレルギー持ちがいて、ユリアは猫を飼ったことがなかったらしい。
「ゲームがきっかけで、前より猫が大好きになったの。この世界に来られて最初とても嬉しくて、でも、すべての猫に避けられてショックだった」

 一月間猫を追いかけたけどだめで、王子に近づけば、猫に触れると思ったとユリアは言った。