どうしよう。どこにいるの? 早く見つけなくちゃ!
 大切な猫を失う恐怖で、手が震えた。
 泣きながら視線を沖に向けると、レオン殿下の姿があった。海に腰まで浸かっている。
 振り返った彼の腕の中には金色の仔猫がいた。

 打ち寄せる波から猫をかばいつつ戻ってきた。私はその場に座り込んだ。
「……良かった」
 波間にレオを見失ったとき、もうだめかもしれないと、本気で焦った。レオを見て安心したら視界が涙で歪んだ。
「レオンさま、ありがとう」
 私は頭を下げた。まばたきをすると涙が零れ、濡れた砂浜に落ちて溶けた。
「ジュリア立て、しっかりしろ」
 レオが腕を掴み、引き起こしてくれた。

「濡れてしまっているけど大丈夫か? 怪我はない?」
「私は、大丈夫です。レオンさまは大丈夫ですか?」
「平気だ。君と、猫が無事で良かった」
 全身ずぶ濡れのレオンは、表情を緩めて笑った。
 波が来ないところまで戻ると、にゃーんと鳴きながら、白い猫が駆け寄ってきた。
「殿下! 大丈夫ですか?」
 白猫を追いかけるように防風林から現れたのは、レオンの愛馬を引き連れて歩く侍従長のメイソンだ。
「今、お召し物を持ってまいります!」
「俺はいい。ジュリアに何か拭く物を!」

 レオンはしゃがみ込んだ。
「白猫嬢。この子、君の知り合い?」
 彼は私たちの周りをうろうろと纏わり付く白猫にレオを近づけた。猫たちは鼻を近づけ合い、くんくんと嗅いだ。猫のあいさつだ。レオンは仔猫を放してあげた。

 傍に駆け寄ってきたメイソンから布を受け取ったレオンは、顔を逸らしながら私の手に布を押しつけてきた。
「早く拭いて。そのままじゃ風邪をひく」
 いつもの、ぶっきらぼうな彼だ。私はじっとその横顔を見つめた。
 会いたかったと、ここまで追いかけてきてくれたのに、なんで今は目を合せてくれないんだろう? 
 レオンの金色の髪先からぽたぽたと雫が落ちている。私は手を伸ばし、彼の髪に布を押し当てた。

「違う。俺じゃなくて自分を拭いて」
 レオンは布を奪い取ると、私の髪を拭きはじめた。笑顔はなく、真剣な目をしている。
「殿下は、猫がお嫌いでしたよね。どうしてレオを助けてくれたんですか?」
 正直驚きだった。まさか彼が猫を助けるなんて。
 
「俺は、猫が嫌いじゃないよ」
 目を見開いた。
「レオンさま、子どものころ、猫を追い出したじゃありませんか」
「あれは、……ジュリアが猫にやさしいから、嫉妬したんだ」
 今度はレオンが、深く頭を下げた。
「あのときのことは、謝る。……すまなかった」
「殿下。顔を、上げてください」
 レオンは首を横に振り、下を向いたままだ。思わず彼の肩に触れた。やっと頭を上げた彼と近い距離で目を合った。

「猫も、君も、ずっと好きだよ。助けるのはあたりまえだ」

 今まで見たことのなかった彼の表情と、向けられる熱い瞳に戸惑う。

 私は悪役令嬢。
 王子とは結ばれない運命。だけど、芽吹きはじめた感情が訴える。このままでいいの? 悪役令嬢の前に私はジュリア・バートランドなのにと。
「お嬢さま、どうされたのですか?」
「ちょっと、なんでみんなもびしょ濡れなの? まさか、海に入ったの?」
 振り向くと、ローリヤとユリアが騒がしく叫びながら駆け寄ってきていた。しかも、後ろには何十匹もの猫を引き連れている。
「ジュリアお嬢さま、すぐに着替えを持ってきますね」
 ローリヤは自分が使っていたスカーフを私の肩にかけかけてくれた。猫を避けながら来た道を引き返そうとする。

『着替えは必要ないよ。僕が渇かしてあげる』
 レオがいきなり黄金色に輝いたかと思うと、人の言葉を喋った。驚きで、私たちは固まった。