◆
蝗害で住めなくなった農村が頭から離れない。馬車に揺られながら、そっと窓の外を見る。
私が城で王妃教育を受けていたころ、たくさんの人が哀しみ、苦しんでいた。私だけ、何もしないで自由になって良いのかしら……。
膝の上で丸まって寝ているレオを、そっと撫でる。
今向かっている場所は、悪役令嬢が没落してあとに暮らす海の町だ。ゲーム内では一家みんなで移り住むことになるけれど、爵位は残ったので、自分ひとりで訪れることになった。
「お嬢さま、海の近くに看板猫がかわいいと評判のカフェがあるそうですよ」
「猫さんを愛でながらお茶ができるの? 最高ね。 ぜひ行ってみたいわ」
ローリヤに明るい声を掛けられてやっと笑えた。
王妃教育中のティータイム相手は、いつも無愛想なレオンだった。
弾まない会話も今は良い思い出ね……あら。私ったらまた、レオンさまのことを思い出してしまったわ。これで何度目かしら。
浮かんだ記憶を打ち消すように扇子を開き、ぱたぱたと仰いだ。
カフェは細い路地の奥だと町の人に聞いて、馬車を降りた。
蝗虫の被害は少ないようで、少し先に見える防風林は青々と茂り、緑が溢れていた。町をのんびり散策しながら向かった。
「海が近いのね。潮の香りがする」
前世でも海にはよく遊びに行った。懐かしくてつい笑みが零れる。
「お嬢さま、カフェはこの角を曲がった先だそうで、あら?」
少し先を行っていたローリヤは何かを見つけたらしく、立ち止まった。レオを抱き上げ追いつくと、彼女の視線の先を追った。
「ユリアさまと……レオンさま?」
まず目に止まったのは、町中で黒い馬に跨がるレオンだった。腕の中には白猫を抱いている。そして、ちょこまかと人の間を縫うようにして走り回るユリアを視界に捉えた。
明らかに異様な光景で、とても目立っている。
「やっと追いついたぞ。聖女!」
「王子、来ないで!」
「そうは行かない!」
乗馬したままでは人混みの中は進めない。レオンは馬からひらりと下りると、そのままユリアを追いかけて行った。
え、こんなところまで来て痴話ケンカ?
「何しているの。あの人たち……」
呆気にとられて棒立ちなった。
「お嬢さま、鉢合わせしないうちにここから離れましょう」
「そうね」と答えた次の瞬間、目の前の角からユリアが飛び出してきた。
驚いてローリヤ、レオと一緒に肩を跳ね上げる。
「いた! ジュリアさまと……仔猫?」
今回は追跡者を寄こさず、本人が直接探しに来たらしい。
彼女から甘い香りがした。腕の中にいるレオがウーッと低い声で唸りだし、私は抱きしめたまま後ろに下がった。
「悪役令嬢はこの町に追放される。いると思ったわ。さあ、猫神さまはどこ?」
「猫神さま?」
「とぼけないで。私はライオンのように猛々しい金色の猫神さまにどうしても会いたいの! それなのに連れ去るなんて酷いじゃない!」
「私が旅をしている猫は、この子よ」
ユリアは視線をレオに向けると、目を見開いた。
「まさか、その猫が猫神さま? ずいぶん小さいけれど」
「え。この子、猫神さまなの?」と驚いていると、
「ジュリア!」
ユリアの後ろにレオンが現れ、目が合った。
「……会いたかった」
私は熱い眼差しを送ってくる彼から、ぱっと視線を逸らした。
「お二人とも、仲よくね? ごきげんよう!」
ここは逃げるが勝ち。私は二人に背を向け駆け出した。
蝗害で住めなくなった農村が頭から離れない。馬車に揺られながら、そっと窓の外を見る。
私が城で王妃教育を受けていたころ、たくさんの人が哀しみ、苦しんでいた。私だけ、何もしないで自由になって良いのかしら……。
膝の上で丸まって寝ているレオを、そっと撫でる。
今向かっている場所は、悪役令嬢が没落してあとに暮らす海の町だ。ゲーム内では一家みんなで移り住むことになるけれど、爵位は残ったので、自分ひとりで訪れることになった。
「お嬢さま、海の近くに看板猫がかわいいと評判のカフェがあるそうですよ」
「猫さんを愛でながらお茶ができるの? 最高ね。 ぜひ行ってみたいわ」
ローリヤに明るい声を掛けられてやっと笑えた。
王妃教育中のティータイム相手は、いつも無愛想なレオンだった。
弾まない会話も今は良い思い出ね……あら。私ったらまた、レオンさまのことを思い出してしまったわ。これで何度目かしら。
浮かんだ記憶を打ち消すように扇子を開き、ぱたぱたと仰いだ。
カフェは細い路地の奥だと町の人に聞いて、馬車を降りた。
蝗虫の被害は少ないようで、少し先に見える防風林は青々と茂り、緑が溢れていた。町をのんびり散策しながら向かった。
「海が近いのね。潮の香りがする」
前世でも海にはよく遊びに行った。懐かしくてつい笑みが零れる。
「お嬢さま、カフェはこの角を曲がった先だそうで、あら?」
少し先を行っていたローリヤは何かを見つけたらしく、立ち止まった。レオを抱き上げ追いつくと、彼女の視線の先を追った。
「ユリアさまと……レオンさま?」
まず目に止まったのは、町中で黒い馬に跨がるレオンだった。腕の中には白猫を抱いている。そして、ちょこまかと人の間を縫うようにして走り回るユリアを視界に捉えた。
明らかに異様な光景で、とても目立っている。
「やっと追いついたぞ。聖女!」
「王子、来ないで!」
「そうは行かない!」
乗馬したままでは人混みの中は進めない。レオンは馬からひらりと下りると、そのままユリアを追いかけて行った。
え、こんなところまで来て痴話ケンカ?
「何しているの。あの人たち……」
呆気にとられて棒立ちなった。
「お嬢さま、鉢合わせしないうちにここから離れましょう」
「そうね」と答えた次の瞬間、目の前の角からユリアが飛び出してきた。
驚いてローリヤ、レオと一緒に肩を跳ね上げる。
「いた! ジュリアさまと……仔猫?」
今回は追跡者を寄こさず、本人が直接探しに来たらしい。
彼女から甘い香りがした。腕の中にいるレオがウーッと低い声で唸りだし、私は抱きしめたまま後ろに下がった。
「悪役令嬢はこの町に追放される。いると思ったわ。さあ、猫神さまはどこ?」
「猫神さま?」
「とぼけないで。私はライオンのように猛々しい金色の猫神さまにどうしても会いたいの! それなのに連れ去るなんて酷いじゃない!」
「私が旅をしている猫は、この子よ」
ユリアは視線をレオに向けると、目を見開いた。
「まさか、その猫が猫神さま? ずいぶん小さいけれど」
「え。この子、猫神さまなの?」と驚いていると、
「ジュリア!」
ユリアの後ろにレオンが現れ、目が合った。
「……会いたかった」
私は熱い眼差しを送ってくる彼から、ぱっと視線を逸らした。
「お二人とも、仲よくね? ごきげんよう!」
ここは逃げるが勝ち。私は二人に背を向け駆け出した。