自分の国のことなのに、よそから来た少女に国の危機を救ってもらおうとした。
他力任せな考えを晒し、大事な人を逃してしまった。
自分の道は自分で切り開くと豪語する彼女の目には、頼りない王子に映っていたことだろう。
恥じたところで、過去は変えられない。だが未来は、反省を生かすことで変えられる。
瞼をそっと閉じた。幼いころのジュリアの笑顔が色あせることなく蘇る。
もう一度、彼女の笑顔が見たい。
好かれることを考える前に、まずは、誠意を尽くそう。謝罪と感謝の気持ちは伝えたい。
とにかく、一刻も早くここから抜け出さなければ。
「誰かいないのか? ここから出せ!」
何百回と叫んだが、他に方法がない。聖女の支配下にない誰かに届くまで、叫ぶしかなかった。
「……絶対にジュリアに会う」
抜け道はないかともう一度、牢屋内を観察する。ふと、足元の絨毯に目がいった。端の一部が浮いている。捲ってみると、その下から小さな枝が四本出てきた。
「なんだこれ」
「みゃーん」
鳴き声がして顔を上げると、小さな窓のところに猫がいた。
「どうした。そんな高いところいると危ないぞ」
心配する俺をよそに、猫は鉄格子をするりと抜けると静かに降り立った。
すらりとした白い猫だ。流氷のような水色の目をしている。こちらに近寄り、足に頭をこすりつけてきた。
「来てくれてありがとう。だけどここには君が食べられるようなものはないよ」
猫は後ろ足だけで立ち上がり、前足で俺の足に触れた。背伸びするようにして、手に持っていた枝の匂いを嗅いでペロリとひと舐めした。
「これが欲しいのか?」
枝を一本あげると、噛みついて夢中で遊びだした。
「この枝、マタタビかもしれない。誰かが絨毯の下に隠していたのか……」
過去に罪を犯した王族が幽閉されている間ここで、猫と遊んでいたのかもしれない。部屋の隅に毛玉や、虫を模した猫のおもちゃがある。
猫はマタタビに満足したのか、鉄格子の間をするりと抜けて外へ向かった。
護衛兵が猫に気づいたのだろう。体躯の良い男だったのに「あらかわいいっ!」と高い声で言っているのが聞こえた。
しばらくすると白猫は束ねた鍵を咥えて戻ってきた。俺の前で座り、ぽとりと鍵束を置いた。
「もしかして、マタタビのお礼に取ってきてくれた。とか?」
猫はすっと立ち上がると再び鉄格子へ向かう。しっぽをピント立てて、ときどきこっちに振り向く。
ついてこいと言っているみたいだった。
「なんか、よくわからないが助かった。ありがとう」
鍵をすぐに拾い、施錠を解く。看守が脱獄を止めにくるだろうと覚悟して進んだが、なぜか男は平伏して待っていた。
「王太子さま。申し訳ございませんでした!」
どうやら聖女の魅惑が解けて正気に戻ったらしい。
彼への罰は与えずに「ご苦労だった」と伝え、白猫と一緒に牢獄を抜け出した。
「やっと、外に出られた」
もっと警備が厳重かと思ったが、長い回廊には誰もいなかった。
差し込む陽の光を身体で受け止める。
丸二日だったが、囚われの身がどれだけ苦痛で辛いのか、理解できた。
俺はジュリアを「王城という牢獄」に十年間も縛り付けていたんだな。
「愛しい人が、自由を望むのなら叶えてあげるべきなのだろうな。白猫嬢もそう思うだろ?」
白猫は牢獄から持ってきたマタタビを咥えたまま小首を傾げた。
「だが、この国には彼女が必要だ。王妃はジュリアしかいない」
ちゃんと話し合おう。
彼女がもし、もう一度婚約者になってくれたのなら、そのときは誰に何を言われようが、ジュリアの気持ちを優先させる。
王妃になってくれるのなら、彼女のために猫を好きなだけ囲おう。その愛情が、自分には一滴たりとも向けられなくても。
回廊の花瓶に生けられているガーベラの前で足を止める。オレンジの花を手に取り、花びらにキスをした。
白猫がとんと肩に飛び乗ってきた。長い白いリボンを咥えていて、花を持つ手元に落とした。
「このリボンをどこで手に入れた? 白猫嬢は良く拾い物をするな」
猫はにゃーんと答えた。
「これ、借りるよ」
ガーベラを束ね、猫から受け取ったリボンで飾った。
他力任せな考えを晒し、大事な人を逃してしまった。
自分の道は自分で切り開くと豪語する彼女の目には、頼りない王子に映っていたことだろう。
恥じたところで、過去は変えられない。だが未来は、反省を生かすことで変えられる。
瞼をそっと閉じた。幼いころのジュリアの笑顔が色あせることなく蘇る。
もう一度、彼女の笑顔が見たい。
好かれることを考える前に、まずは、誠意を尽くそう。謝罪と感謝の気持ちは伝えたい。
とにかく、一刻も早くここから抜け出さなければ。
「誰かいないのか? ここから出せ!」
何百回と叫んだが、他に方法がない。聖女の支配下にない誰かに届くまで、叫ぶしかなかった。
「……絶対にジュリアに会う」
抜け道はないかともう一度、牢屋内を観察する。ふと、足元の絨毯に目がいった。端の一部が浮いている。捲ってみると、その下から小さな枝が四本出てきた。
「なんだこれ」
「みゃーん」
鳴き声がして顔を上げると、小さな窓のところに猫がいた。
「どうした。そんな高いところいると危ないぞ」
心配する俺をよそに、猫は鉄格子をするりと抜けると静かに降り立った。
すらりとした白い猫だ。流氷のような水色の目をしている。こちらに近寄り、足に頭をこすりつけてきた。
「来てくれてありがとう。だけどここには君が食べられるようなものはないよ」
猫は後ろ足だけで立ち上がり、前足で俺の足に触れた。背伸びするようにして、手に持っていた枝の匂いを嗅いでペロリとひと舐めした。
「これが欲しいのか?」
枝を一本あげると、噛みついて夢中で遊びだした。
「この枝、マタタビかもしれない。誰かが絨毯の下に隠していたのか……」
過去に罪を犯した王族が幽閉されている間ここで、猫と遊んでいたのかもしれない。部屋の隅に毛玉や、虫を模した猫のおもちゃがある。
猫はマタタビに満足したのか、鉄格子の間をするりと抜けて外へ向かった。
護衛兵が猫に気づいたのだろう。体躯の良い男だったのに「あらかわいいっ!」と高い声で言っているのが聞こえた。
しばらくすると白猫は束ねた鍵を咥えて戻ってきた。俺の前で座り、ぽとりと鍵束を置いた。
「もしかして、マタタビのお礼に取ってきてくれた。とか?」
猫はすっと立ち上がると再び鉄格子へ向かう。しっぽをピント立てて、ときどきこっちに振り向く。
ついてこいと言っているみたいだった。
「なんか、よくわからないが助かった。ありがとう」
鍵をすぐに拾い、施錠を解く。看守が脱獄を止めにくるだろうと覚悟して進んだが、なぜか男は平伏して待っていた。
「王太子さま。申し訳ございませんでした!」
どうやら聖女の魅惑が解けて正気に戻ったらしい。
彼への罰は与えずに「ご苦労だった」と伝え、白猫と一緒に牢獄を抜け出した。
「やっと、外に出られた」
もっと警備が厳重かと思ったが、長い回廊には誰もいなかった。
差し込む陽の光を身体で受け止める。
丸二日だったが、囚われの身がどれだけ苦痛で辛いのか、理解できた。
俺はジュリアを「王城という牢獄」に十年間も縛り付けていたんだな。
「愛しい人が、自由を望むのなら叶えてあげるべきなのだろうな。白猫嬢もそう思うだろ?」
白猫は牢獄から持ってきたマタタビを咥えたまま小首を傾げた。
「だが、この国には彼女が必要だ。王妃はジュリアしかいない」
ちゃんと話し合おう。
彼女がもし、もう一度婚約者になってくれたのなら、そのときは誰に何を言われようが、ジュリアの気持ちを優先させる。
王妃になってくれるのなら、彼女のために猫を好きなだけ囲おう。その愛情が、自分には一滴たりとも向けられなくても。
回廊の花瓶に生けられているガーベラの前で足を止める。オレンジの花を手に取り、花びらにキスをした。
白猫がとんと肩に飛び乗ってきた。長い白いリボンを咥えていて、花を持つ手元に落とした。
「このリボンをどこで手に入れた? 白猫嬢は良く拾い物をするな」
猫はにゃーんと答えた。
「これ、借りるよ」
ガーベラを束ね、猫から受け取ったリボンで飾った。