馬車に乗り込み一時間ほど進むと、蝗害のあった村についた。
 木の枝先には葉がなく、地面には草もない。土煙が舞い、家々というより村全体が茶色く、何もかもが枯れている。
 猫どころか人の姿もなく、いるのは蝗虫だ。我が物顔で空を飛び回っている。予想以上に酷いありさまだった。

「王都から離れるほどに、虫の世界ね」
何もしなかった高官たちに対して怒り囲み上げてきて、手が震えた。
 ……何、このゲーム。
「王都で恋愛ゲームなんかしている場合じゃないわ!」
 でも溺愛されないと聖女は猫神さまの力を借りられないのよね。
 私は足元に転がっている虫取り網みを拾い、ぎゅっと握った。

「聖女が殿下と睦まじい関係になるまで待てない! ローリヤ、虫を捕まえ……ローリヤ、どうしたの、大丈夫?」
あまりの虫の多さに驚いたローリヤが卒倒しそうになって、あわてて私は彼女を支えた。
「こ、これくらいで取り乱して申し訳ございません」
「ううん。私が無理言ったの。ごめんね、怖い思いをさせて。一度戻りましょう」
 彼女を支えながら馬車まで戻った。馬も、虫にたかられて気が立っている。一旦ここから立ち去った方が良さそうだ。
 
 車内で休ませようとドアノブを開ける。すると、馬車に待たせていたレオが飛び出した。一直線に村の中へと駆けていく。
「レオ、待って!」
 私はローリヤを馬車に残し、仔猫を追った。

 村に着いてみるとレオはぴょんぴょんと高く飛び跳ねていた。素早い動きで蝗虫を次々に捕まえていく。その姿を私は呆気に取られて見つめた。
 猫の狩りは短期集中だ。瞬発力はあるけれど持久力はない。しばらくして、レオは私のもとへ戻ってきた。抱き上げて馬車に戻る。

「お嬢さま、大丈夫ですか?」
「私は大丈夫よ。ローリヤは、まだ顔色が悪いわね。休んでいて」
 馬車の座席に座るとレオは膝の上に乗って目を閉じた。遊び疲れたのか眠そうだ。
「ローリヤ、レオったらすごいの。虫取りの名人だった。驚いちゃ……あ」
 蝗虫を追いかけるレオの姿を思い出してふと気づいた。
「そうよ。……猫だわ。猫が蝗虫の天敵だったのね。ひょっとして、猫がいれば、蝗害は減るんじゃないかしら? どう思う、ローリヤ」
「お嬢さま、猫は神聖で崇高な存在です。いくら信頼関係を築いても、人の指図は受けません」
「猫が蝗害を止める。良い案だと思ったんだけど……」

 私は他に手段がないかと考えながらレオンをもう一度触る。違和感を覚え「ん?」と声を漏らした。
「あれ、レオったら、この数日でずいぶん大きくなった?」
 今度はさわさわと念入りに触ってみる。出会ったころより肉がついている。毛艶もいい。触っていると、レオは薄く目を開けて止めろと訴えてきた。

「お嬢さま。もう充分でしょう? 視察はこの辺で終わりにしませんか? レオン殿下と聖女さまがきっと蝗害も解決して国を豊かにしてくれるでしょう。せっかくの自由の身です。お嬢さまは最終目的地の海へ向かいましょう」
「……そうね」

 長居していると新手の追跡者に追いつかれる。海はなんとしても見たい。
 後ろ髪を引かれる思いで私は農村をあとにした。