「いくら聖女さまの依頼でも、平民が貴族を脅しては、ただではすみませんよ。今なら見逃します。ここを立ち去りなさい」
 ローリヤが声に怒気を含ませると、リーダーのトビーは明らかにうろたえた。

「それでも、食っていくためにはやらないといけないんだ!」
 彼は震える声で「やれ!」と合図した。じりじりと間合いを詰めてくる。
 少年と言っても追跡者は五人。城を抜け出したばかりで、旅は始まったばかり。こんなあっけなく捕まりたくない。

 どう切り抜けようかと考えていると、頭上から猫がすとんと下りてきた。レオは私の前に立ちはだかり、仔猫とは思えないほどの大きな声で一鳴きした。

「金色の毛並み。依頼のあった猫さまで間違いない。みんな慎重にいけよ? 危害を加えると猫神さまに祟られるぞ!」
 間合いを詰めていた少年たちは一度あとずさりした。

 この国では猫は神さまの化身。殺したりいじめたりすると祟られる。
「どうする?」と相談し合う彼らの声に混じるように、新たな猫の声が遠くで聞こえた。
「う、わああっ! に、兄ちゃん見てあそこ、猫の集団!」
 ユウジーンが指す方向を見ると、猫がわらわらと現れた。脇目も触れず、まっすぐこちらに向かってくる。

「に、逃げ……だめだ囲まれた!」
 猫はなぜか少年たちだけを取り囲んだ。しっぽをピンと立てた猫たちが追跡者たちの周りをぐるぐると走り周り、その輪が徐々に狭まっていく。彼らは追い詰められた獲物状態だった。

「立場が逆転しましたね。お嬢さま、今のうちに逃げましょう」
「待って」
 私はトビーに近づいた。猫を挟んで面と向かい合う。

「食っていくためにはやらないといけないと言ったわね。事情を話してくれるかしら?」
「い、言えるわけないだろ!」
「サンドイッチも、お金も、馬車にある荷物も全部あげる!」

 トビーは目を見開いたあと仲間をちらりと見た。しばらく下を向いて考え込んでいたけれど、三毛猫が足に頭をこすりつけるのを見て、頬を緩めた。

「本当に、サンドイッチくれよ?」
「もちろん。事情、話してくれるわね?」
 彼は頷くと、三毛猫の頭をやさしく撫でた。


「……つまり、レオを連れて帰ると、聖女から褒美をもらえるはずだったのね?」
 トビーは頷いた。彼は一番年上で十六歳だと教えてくれた。

 サンドイッチを食べたそうにしていた彼は、まず弟のユウジーンや他の子たちに食べさせた。自分は余った分を食べるからいいと言って、先に聖女の依頼内容を話してくれた。

「トビーくん、色々教えてくれてありがとう」
 私は集まってきた猫たちと一緒に蒸した鳥のささみを食べるレオの背をそっと撫でた。
「万が一捕まっても、依頼者が誰かは言うなと口止めされているんだ。知らなかったことにしてくれよな?」
「大丈夫。わかってるわ。あなたたちはもう聖女さまと関わらないこと。追っ手がつかないように手配するけれど、しばらくは目立たないように暮らしてね」
 トビーたちは何度も首を縦に振った。