ローリヤに「海水浴ですか?」と訊かれ、もう一度首を横に振った。
「海の向こうに離島があるでしょう。島民より猫のほうが多いんですって」
「ああ、猫島ですか? 猫が何百頭もいて、楽園と有名ですよね」
「一度、絶対に行ってみたいと思っていたの!」
 猫まみれの島、なんてすてきなんだろう。想像しただけでわくわくする。島には船でも行けるが、潮の満ち引きの関係で歩いて渡れる時間帯があるという。
「お嬢さまは本当に猫がお好きですよね」
 私は心から笑顔を浮かべた。

「ローリヤ、そうだわ。あなたに紹介したい子がいたの。私を助けてくれた子でレオくん」
 近くの木に向かった。太い枝の上に仔猫はちょこんと座っている。何度も呼んだけれど、レオはしっぽを振って返事をするだけで、下りてくる気はないようだ。
「仔猫、ですか?」
 私の横にローリヤは並ぶと同じように木の枝を見上げた。
「毛並みが金色で、獅子(ライオン)みたいでしょう。だからレオ」
「確かに金色の毛並みのようですね。レオン殿下の御髪と同じ色だからレオと付けられたのかと」
「……殿下は関係ないわ」
 低い声で言い返すとローリヤはくすりと笑った。
「もしかして、降りれなくなったのかしら?」
「お嬢さま? だめです。木登りなんて危ないですよ」
「大丈夫よ、このくらいの高さ」
「木登りをする令嬢なんて初めて見たよ」

 背後で声がして、私とローリヤはぱっと振り向いた。細い木の棒を持った男たちが五人、こちらに近寄ってくる。
 こんな朝早くから強盗? 傍に停めてる馬車が目立ったかしら……。
 警戒しながら男たちを観察すると、身体の線が細く、背も自分と同じか少し高いくらいだった。服はボロボロで、サイズがあっていない。中央にいる一番背が高い男がリーダーのようだ。
 男というより、少年?
 
「ローリヤ、下がって」
「下がるのはお嬢さまです」
 手を広げ、お互いをかばい合う。その間に私たちは囲まれてしまった。木の傍まで下がり、お互いの背を引っ付けて、周囲を警戒する。
「あなたたちの目的は何? 金目の物?」
「金目の物はもらう。そして、その食べ物も!」
 リーダーの青年の目はランチボックスに釘付けだった。
 この子たち、もしかして食べ物が目的? だったら簡単だ。

「わかったわ。お金もサンドイッチも差し上げます。だから立ち去ってくれる?」
 青年は嬉しそうに目を見開いた。ランチボックスに飛びつきそうになったが、彼より小柄な男の子が止めた。
「トビー兄ちゃん、依頼内容を間違えてるよ。この人と猫を丁重に捕まえてお城に連れて行くんでしょう? 何、目先の食べ物に釣られているんだよ。しっかりしろよー」
「う、うるさい! ユウジーンは黙ってろ!」
 驚いた。この子たち、追跡者なの?
 トビーは顔と耳を赤くしながら一度咳払いをすると、私たちに向き直った。

「ということで、城に戻ってください。ジュリアさま」
 リーダーのトビーとユウジーンは兄弟のようだった。トビーに向かって質問する。
「依頼者は誰ですか?」
「誰かと訊かれて答える奴はいないよ!」
 さすがに自分の立場は理解している様子だった。
 レオンさまは最後まで、「待て」と言っていた。それを振り切ったから? 仮にレオンの差し金だとしたら、追跡者はちゃんとしたプロが送られてくるはず。この子たちは素人で子ども。私の名前も知っている……。

 悪役令嬢の私が子ども好きだと理解して依頼しているとしたら、
「聖女さまの依頼ですね」
 ユウジーンは兄に向かって「ばれちゃったよー」とあっけなく認めた。