「国の乗っ取り? 興味なーい。そんな面倒なことはしないわよ。言ったじゃない、目的は推しに会うことだって。この世界で、私は猫のために生きていくの」
 ユリアは無邪気な笑みを浮かべた。
 つまり、聖女は推しという猫に会うために俺に近づき、パーティーに出たが、猫には会えなかった。
 魅惑が効かない俺が邪魔だから、牢獄にぶち込むと言っているのか。ふむ。なるほど、納得。……できるか!

「猫のために生きるなら好きにしろ。俺を離せ!」
 ユリアは俺の訴えを無視して視線を窓の外へ向けた。
「悪役令嬢ジュリア。まさか、こんな形で聖女の私を邪魔するなんて。逃がさない。絶対に捕まえてみせる!」

 険しい目つきになった彼女は、ジュリアから渡された婚約者の証である指輪を投げ捨てた。
「確か、ジュリアの設定は……子どもと動物が好きだったわね」
 聖女は顎に手を置いてぶつぶつと呟いたあと、セタンタに指示をした。何を言ったかは聞き取れなかった。
 ユリアがもし万が一、ジュリアに危害を加えるつもりなら、本気で許さない。
 抵抗し、踏ん張ってその場に留まろうとするが、護衛兵は容赦なく俺を部屋の外へ連れ出した。

「ユリア嬢、やめろ! ジュリアに危害を加えるな!」 
 叫んだが目の前のドアは無情にも閉じられた。部屋の奥からは、
「お兄さん、お願いね。必ず猫を連れ戻してね」
 ユリアの甘えたような声が聞こえた。


「ジュリアお嬢さま、朝食でございます」
 婚約破棄された翌朝、私はお気に入の河川敷で侍女のローリヤと待ち合わせをしていた。
 川のせせらぎと小鳥のさえずり、清々しい日差しの中でランチバスケットからサンドイッチを取り出し、ぱくりと頬張る。
 レモンチキンのサンド、美味しい! 
「ああ、自由って最高! 大口開けてパンを食べるなんて淑女には許されないもの」
「喜んでいただけて、何よりです」
 ローリヤはにこやかに笑った。
 サンドを食べていると、ふと、仔猫に頭をかじられているレオンの姿が浮かんだ。
 猫の牙は以外と鋭利だ。深く刺さったときは適切な処置をしないと赤く腫れる。

 王太子だから、ちゃんと手当してもらったと思うけど。
 レオンの怪我を手当するユリアを想像したら、一瞬、胸の奥がきゅっと縮んだ。
『俺が本心から大切にしたいのはジュリア、君だ』
 初めて、レオンの気持ちを聞いた。
 物怖じしない君が好きと言われ、正直驚いた。
 だけど、悪役令嬢の自分では蝗害は止められない。この選択で合っている。私は、間違っていない。
 自分に言い聞かせながらサンドをかじる。

 昨夜、城をあとにした私は実家に帰らず、母方の屋敷に一泊した。両親も祖父母も協力者だ。
 婚約破棄の未来を知っていた私はまず、身内を味方につけた。何年もかけて説得し、本当に王子が聖女を選んだならば協力してもらう約束をしていた。
 聖女をいじめなかったので爵位剥奪は免れたが、これ以上大事な人たちを巻き込みたくない。早々に祖父母の屋敷をあとにして来たところだ。

「お嬢さま。このまま旅をすると申しておりましたが、どこへ行くおつもりですか?」
「まず、農村に向かうわ」
 前世で何度もゲームをしたけれど、お城に蝗虫(バッタ)が現れたことは一度もなかった。
 エンディングでは、聖女が蝗害(こうがい)を止め繁栄をもたらしたの一言だけ。どれほどの被害だったのか、どう解決したのかの説明はなく、前から気になっていた。
「農村が、終の棲家ということです?」
 私は横に首を振った。
「最終目的地は海よ」