あれから十年の月日が流れました。小雪は美しい娘になっていました。
そして、恋をしました。相手は、幸吉という同じ農家の一人息子です。
幸吉は働き者で、父親と二人で畑仕事をしていました。
そんな幸吉もまた、小雪と同じ気持ちでした。
そんなとき。幸吉が嫁に欲しいと言ってくれました。でも、小雪は返事ができませんでした。
なぜなら、小雪には、おとっちゃんもおっかちゃんもいないからです。
親のない娘など嫁には行けないと思ったからです。それに、年老いたじっちゃんを一人残して嫁に行くことはできませんでした。
「……わたし、じっちゃんに育てられたの。おとっちゃんの顔も、おっかちゃんの顔も知らないの」
小雪は寂しそうにうつ向きました。
「おらだって、母ちゃんを子どものころに亡くして、父ちゃんとばあちゃんに育てられた」
「……でも」
じっちゃんはまだ、小雪に本当のことを話していません。……おっかちゃんのことを。
でも、小雪は気づいているようでした。本当のことを……。
それは雪の降る晩でした。囲炉裏の火がパチパチと音を立てています。
小雪は、じっちゃんに教えてもらった料理で夕飯を作りました。
「小雪や。じょうずになったなぁ」
白髪まじりのじっちゃんが、おいしそうにとん汁を食べながら言いました。
「じっちゃんに習ったから」
そう言って、小雪もとん汁をすすりました。
「これなら、いつでも嫁に行けるぞ」
「……」
「小雪の花嫁姿、見たいのぉ」
「……じっちゃん」
じっちゃんには、好きな人がいることを話していません。じっちゃんを悲しませたくないと思っていたからです。
……これまで育ててくれた、年老いたじっちゃんを一人残して、嫁になんか行けない。
小雪は思い悩みました。――その夜です。寝ていると、
「小雪や。じっちゃんのことは心配いりませんよ。幸吉のところに嫁に行きなさい」
女の人の声が聞こえました。小雪は夢でも見ているのだと思いました。
でもすぐにハッとして目を覚ましました。なぜなら、幼いころに聞いたあの女の人の声に似ていたからです。
「……おっかちゃん?」
周りを見回しましたが、誰もいません。ただ、少し開いていた格子窓から、雪が舞い込んでいました。
そんなある日。幸吉から話を聞いた父親が小雪に会いに来ました。そして、じっちゃんに、
「小雪ちゃんを幸吉の嫁にいただきたい」
と、頭を下げました。
「それはそれは。小雪や。よかったのぅ」
じっちゃんは喜びました。
「……ええ」
小雪は恥ずかしそうにうつ向きました。
春が来ました。庭の白い椿も咲きました。そして、格子窓から小雪の寝顔を覗いています。それはまるで、嫁ぐ小雪の幸せを願うおっかちゃんのようでした……。
おわり