「人を好きになるって理屈ではないのよ」
ボソリとこぼれた母さんの言葉が、私の心に刺さる。

そう言えば昔、「人を好きになるのって本能なんだけれどね」って尊人にも言われたな。
その時は気にしてもいなかったけれど。

「父さんといると、それだけで幸せだったわ。すべてを捨ててでもこの人と共に生きたいと思えて、実家を出ることにもためらいはなかった」
「でも、そのせいで母さんはずいぶん苦労をしたでしょ?」
慣れない環境で頼る両親もいなくて、きっと心細かったはず。

「私はね、苦労をしたとは思っていないのよ。もちろん実家の両親には申し訳なかったと思うけれど、すべてを捨ててでもと思える人に出会えて、そして愛されて、私は幸せ者だわ。世の中には何十億もの人がいるのよ。その中でお互いにこの人だって思える人に出会うのって運命だと思うわ」
「そう、かもしれないわね」

考えてみればこの五年間、私は尊人を忘れたことは無かった。
いつも頭の片隅に彼がいた。
それはある意味恋し続けていたってことかもしれないな。

「沙月、あなたは自分の思う道を生きなさい。たとえそれがどんなものでも、母さんは応援するわ」
「母さん。親不孝な娘でごめんなさい」
病室のベットの上に座る母を抱きしめて、私はいつの間にか泣いていた。