ーーー
 帰宅後にそのまま寝てしまった奈都を放置して平日に残していた仕事を片付けていく。仕事をしているあいだは自分のことも奈都のことも何も考えずに、ただ脳の理性的な部分とタスクをつかさどる部分をフル回転させてさえいれば勝手に時間が過ぎ去り、勝手に中身も進んでいく。恐ろしく責任の重い仕事ではあるが、事故を起こさないようにマネジメントすることに自分は向いているのだろう。何か新しいことや特別なことをしているわけではなくとも、働きぶりとマネージメント力と責任感で、人並み以上の評価は得られている。仕事を終え、メールを一通りチェックしてやることがなくなってしまうと、体を背もたれに預けて奈都の携帯の会話履歴を思い出す。
 あれだけの情報。あれだけのコミュニケーション。それでも、彼女は定期的に自らの感情を放出し、揺蕩えて、時折キシネンリョを語って絶望している。
 虚無は確かにドーナツの形をしている。重力をもち、周りを引き付けて情報と関心の奔流を回転に変換して形をつくる。それでも中心は何もない虚だ。
 夜中に静かに寝室の扉をあけて、奈都の上に覆いかぶさる。すっぴんで口を開けて背中を丸めて眠る姿は無垢な胎児そのもののに見える。指の先で彼女の髪を払いあげて、しっとりと寝汗で湿った奈都の首筋に指を回して力を入れる。独占欲、怒り、愛情。映画の中で母が娘を抱きしめる映像がフラッシュバックする。
 ん・・・、と小さな嗚咽が漏れる。そのまま指に力をいれると、尖った両方の爪が皮膚を突き破り奈都の頸の中にゆっくりと沈み込んでいって体内の温かさを両指で感じられればいい、と思った。
ーーー