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「いや、なんていうか、泣いた…、これがニヒリズムへの答えだ。…言葉が出ない。虚無はドーナツなんだ。私完全に腑に落ちた。」
 映画好きの奈都に連れられていった映画はSFアクションと家族の絆を描いた今季大注目のヒット作だった。家族に認められず、恋人も頼りなく、虚無にとらわれる主人公の女の子。仕事に忙殺されて周囲が見えなくなった母親は毎日を税務署の手続きのように過ごす。母と娘は虚無をめぐりメタバース次元でお互いに戦うことになるが、ラストシーンでドーナツ型の虚無に誘う主人公の女の子を母が求めて抱きしめてエンディングが流れる。
「うーん、正直、娘のほうが何をしたかったのか、なんで最後のシーンが和解につながるかよくわかんなかったからもう一回みたいな…」
「何それ。全然わかってないじゃん。もういいよ」
「いやそうじゃなくてさ。ところで、この監督ってどんなひとなんだっけ」
「…」
 本当に伝えたいのは、なぜ主人公は誰からも愛されているのに虚無を抱えているのか、という点だったのだが、余りにも直截的過ぎて会話をそらした。
 近場のトルコ料理屋で映画の感想を共有する。映画の後は欲望のままにおいしいものを食べに行くのが習慣となっている。黙りこくって煙草を吸いだした彼女の顔をみて美しいと思う。それでも、彼女の変化と自分の変化、時折絶対に入り込めなくなって、自分はどうすればいいかわからなくなる瞬間がある。なにか引っかかる言葉をかけようとして言葉がうわ滑り、煙草の煙を超えていかない。