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 シャワー。浴びる。服、脱がして。
 奈都が家の扉を開けたのは午前3時。リビングでカバンを置くと、その場でスカートを脱ぐ。薄手のパンティストッキングを通して黒のシースルーの下着が目に入る。最近ジムと脱毛に課金して作り上げているヒップラインはボールペンを滑らせるようになめらかだ。ブラウスを下からたくし上げて両手をバンザイさせるように脱がせると、彼女はふらふらと洗面所へ向かっていった。酔っていたからだろう。iPhoneのロックが外れたままの充電状態に取り残されている。閉じないうちに手を伸ばして、男と思われる会話履歴を片端からスクロールしていく。
「今日ほんとに楽しかった!また来てな!」
「それ解釈一致です。」
「昨日めちゃくちゃセックスしたんだけど」
 胸の中心に重力のある球が出現して、上にも下にも移動しないような感覚。覚悟とも革新とも違い、奈都が複数の男性と関係を抱いていることは自然と捉えていたが、胸の強い違和感とともに芽生えた感情は浮気を確認してつらい、以上に、この人間にはまだこれだけのコミュニケーションがあったのか、という恐怖だった。
 仕事の話、映画の話、小説の話、人生の虚無感について、何人もの男たちと、四六時中議論して慰めあっていた。この中の何人かと寝ているのだろう。家での時分との何時間かの会話、私が脳をフル回転させて対応しているあの会話は奈都にとっての刹那の一面の決壊にすぎず、私は彼女と会話をしていたのではなく、彼女からあふれ出る感情の濁流を被りながら自分の中でそれを意味のあるものとしてとらえていただけなのかもしれない。
 この感情は怒りではなく嫉妬なのだ。私よりも好奇心が強く、私よりも稼ぎ、私よりも若く、私よりも組織からも個人からもその肉体も求められている。私は奈都という太陽の重力に囚われているなにか小さな存在で、太陽にとってなんの意味もないものであるのに、太陽に嫉妬している。