「じゃあ、スタート!」


 岸くんは動画の録画ボタンを押して、サッと位置についた。

 そして、音楽なしでヒップホップダンスを踊りはじめる。

 間近で見る岸くんのダンスは、ソロとは思えぬほどダイナミックで、心が弾んでくるものだった。

 水やりしているフリをするのも忘れ、わたしの視線は岸くんのダンスにクギづけになって……。

 やがて岸くんは動きを止め、決めポーズをつくると。


「ふぅ、こんなもんかな」


 前髪をかき上げて、小さく息をつくと、岸くんはスマホの録画を止めた。

 あんなに激しく踊ったのに、汗一つかいてないよ。すごい。


「うん、よく撮れてる。吉丸もこっち来て、いっしょに見ないか?」

「えっ? う、うん……」


 イケナイ考えが、頭のなかにわきあがってくる。

 いっしょにスマホを見るなら、自然に至近距離で目を合わせられる――。

 魅了の魔眼で、岸くんも暗示にかけちゃう?

 今は気さくに話してくれているけれど、明日になればまた、廊下ですれちがうだけの同級生に戻っちゃうもん。

 賢ちゃんが暗示にかかったときみたいに、「つきあってよ!」って言われてみたい。