「芸大に進んで、ピアニストを目指すのもいい。ロックバンドでメジャーデビューを目指すのもいい。とにかく、音楽で飯を食っていきたいんだ」


 夢を語る紫音センパイは、別人みたいに瞳がきらきらしている。

 特に夢とか、目標とかがない自分が恥ずかしくなる。


「――でもよ、怜音は音楽が好きじゃないみたいだ。ピアノをやめちまうんだとよ。親父たちもそれを認めちまった……」


 うつむいた紫音センパイの整った顔に、さびしい影が差す。


「怜音くん、言ってました。『兄さんは偉大すぎる。ぼくは兄さんみたいにはなれっこないのに、どうしても比べられて……』って。怜音くんも苦しかったんだと思います」


 わたしが言うと、紫音センパイは右手で目をおおった。

 薬指には、怜音くんとおそろいのシルバーリングが光っている。


「アイツ、そんなこと……」


 深いため息をついたあと、紫音センパイは声を荒げた。


「でもよ、許せねぇんだよ! 音楽を目一杯やれる環境にいて、それをあっさり捨てさっちまうことが! 音楽をやれるのは当たり前の環境じゃねぇんだ! ピアノを弾きたいのに、弾けないやつはゴマンといるんだぜ?」

「紫音センパイ……」

「おれと比べられる? それが何だってんだ! すぐ逃げだすような男になってほしくねぇんだ!」