目の前にいるのが三年のセンパイだということも忘れて、わたしは大声で叱りつけた。


「カフェで楽しくおしゃべりしてただけなのに、いきなり乱暴に引っぱっていって、雨のなかで胸ぐらつかんで……。紫音センパイが悪いです!」

「まあ……悪かったとは思ってるよ……。親父とお袋にもさんざん怒られたんだ……」


 首のうしろをさすって、しゅんとする紫音センパイ。

 さすがにこたえたらしいけど、わたしの怒りはおさまらない。


「怜音くん、ピアノのレッスンをサボっただけですよね? あんなに怒ります?」

「サボったのは一度や二度じゃねーんだ。もう何度目だよって感じでな。怜音のやつ、親父とお袋の気も知らねぇで……」

「え……?」


 紫音センパイは、礼拝堂の壁に寄りかかって、ぽつりぽつりと話しはじめた。


「おれたちの親父はプロのピアニストなんだ」

「えっ、そうなんですか!?」

「ああ、あんまり、ほかのやつには言ってこなかったけどな。神谷風雅(ふうが)っていうんだが、そこまで有名じゃない」

「あっ、わたし、名前だけ聞いたことあります!」


 神谷兄弟のお父さんは、プロのピアニストだったのかあ。

 怜音くんが「家がお金持ち」って言ってたのも納得だよ。