沈黙をやぶったのは、紫音センパイだった。


「今からでもレッスンに行け」

「イヤだ。ぼくはもう決めたんだ。ピアノはやめる」

「ここでさわいだら店の迷惑になる。とりあえず出るぞ。カバンを持て」


 有無を言わさぬ調子で言うと、紫音センパイはぐいっと、怜音くんの腕を引っぱった。


「痛いよ、兄さん! やめて!」

「うるせえ! いいから来い!」


 紫音センパイは、無理やり怜音くんを連れていこうとしている。


「あ、あのっ……」


 さすがにたまらず、わたしは止めようとしたけれど。

 紫音センパイはブレザーのポケットから、くしゃくしゃの五千円札を取りだして、テーブルに乱暴に置いた。


「おまえ、これで払っとけ。今日はもう帰れ」


 わたしにそれだけ言うと、紫音センパイはさらに強く怜音くんを引っぱった。


「吉丸センパイ、ごめんなさい……」


 すれちがいざま、怜音くんが泣きそうな顔であやまった。


「マスター、ごめん。今日は帰るよ」


 紫音センパイはマスターに手を上げてあやまると、店の外へ怜音くんを連れだした。

 嵐が去ったかのようで……。

 ひとり残されたわたしには、他のお客さんたちの視線が痛い。