「ドラムが急用で帰っちまったからな。練習は明日に変更になった」


 怜音くんをにらみつけたまま、淡々と話す紫音センパイ。

 その異様な迫力に、わたしは座ったまま、身動きひとつできない。


「おれのことはどうでもいい。なぜおまえは、こんなところにいる? ピアノのレッスンを受けてるはずだろ?」


 ピアノのレッスン?

 そんなこと、怜音くんは一言も言わなかったけど……。

 サボって、わたしとデートを?


「ぼくのことはほっといてよ!」

「そうはいくか! レッスンさぼって、カフェでいっちょまえにデートか?」


 紫音センパイが、はじめてじろりとわたしを見た。

 つりあがった瞳は、怜音くんのように澄んだ色をしている。

 わたしはあわてて立ちあがり、あいさつしようとした。


「こ、こんにちは! 二年の吉丸つむぎです! 怜音くんとは……」

「座ってろ。口を閉じて動くな」


 それだけ言って、紫音センパイは氷のような目でわたしをにらみつけた。


「…………」


 わたしは気圧(けお)されて何も言えず、ゆっくり腰をおろした。

 まるでヘビににらまれたカエルだよ!

 ――魅了の魔眼を使おうか?

 とも思ったけれど、からだがすくんで、至近距離まで近づけそうにない。