わたしって、空気みたいな存在だ。

 たしかにここに存在するのに、色はついてないし、音を発しないから、だれも気にとめたりしない。

 今日もにぎやかな教室の片すみで、わたしはひとり、図書室で借りたファンタジー小説を読んでいる。

 からだは教室にあるけれど、意識はファンタジー世界にあるんだ。


「こーら、岩田! 居眠りするんじゃない! ぶったるんどる! 反省しろ!」


 クラスメイトの男子が先生のモノマネを始めて、みんながどっと笑った。

 小説に没入していた意識が現実世界へと引き戻されて――。

 思わず、ため息がこぼれる。


「ねえ、トイレ行くから、ついてきて」

「えー、もうすぐHR(ホームルーム)始まるよ? 矢島先生うるさいから、はやくしてね」


 うしろから、女子の小村(こむら)さんと佐々木さんの声が聞こえてきた。

 ふたりが、あわただしく、わたしの席の横を走りぬける。

 ガタッ!

 わたしの机の脚に、佐々木さんの足が勢いよく当たった。

 びっくりして肩が()ねあがる。


「あっ、吉丸(よしまる)さん、ごめんね」


 佐々木さんは立ち止まって、あやまってきた。


「いえ……」


 わたしは佐々木さんの目も見ず、大きくズレた机を戻す。


「暗いなぁ」


 ぼそりとつぶやいて、佐々木さんは駆けていった。