「じゃ、じゃあ……」
わたしは迷いながらも、声をかけた。
「樹くんのところにも行ってくるね、楓くん……」
「ああ」
あたりまえのように、樹くんは返事をした。わたしが「楓くん」とよんだのにもかかわらずにだ。
本当に楓くんなの?
樹くんとして目覚めてしまったの?
いったい、どうして……。
「理子」
急によばれたので、ドキッとしてしまった。
「え、何?」
「母さんには言うなよ」
わたしに背中を見せたまま、樹くんはポツリと言った。
さびしそうな、その背中。
今までに一度だけ、わたしはその背中を見たことがある。
小六のサッカーの大会のとき、あともう少しというところで負けてしまったときだ。
フィールドのなかで泣いた、あのときの背中と重なって見えたんだ。
「楓くん……」
わたしのなかでプツンと糸のようなものが切れて、涙がどんどんあふれた。