「くるみ、別れてほしいんだ......」

「どうして.......そんなの急だよ.......」

「こんな気持ちじゃ付き合い続けられないから」

「なにがあったの? じょうくん」

「好きな人ができた.......」

「杏子先生......」

「いや、違う。他の人だから」

「誰なの... 学校の誰?」

「名前は知らない」

「えっ。そんなわけないじゃん。言いたくないの?」

「本当に知らないんだ」

「私のこと嫌いになったの?
 私と別れるために好きな人ができたことにしたの?」

「嫌いになったわけじゃないんだ。
 その人のことしか考えられなくなって......」

「私の名前はわかる?」

「来未くるみ......」

「そうだよ。くるみだよ。

 私の名前は忘れない?」

「忘れるわけないよ」

「私の名前は忘れないでいてくれる?」

「ごめん......くるみ」

うつむきながら俺はその場を後にした。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「じょう、こうへい、バイト代で
 初キャバクラ行ってみようぜ!
 せっかくの初めてだ、
 ここら辺で1番高級なお店にいってみよー!」

高校の同級生のたかのこの一言が
くるみと別れるきっかけの始まりだった。

「きゃー!なんかかわいくない?」

「肌がピチピチな気がするぅ」

コウヘイとタカに付いたホステスが甲高い声を上げる。

「何歳なの?3人は」

「僕たちは大学生です。
 人生経験のために初めてきました!」

コウヘイはノリよく大きな声で受け答えをする。

高校生だとキャバクラには入れないので
大学生ということで口裏合わせをしていた。

コウヘイもタカもノリノリで
きれいなお姉様方と話している。

(付き合いだから仕方ないか。
 コウヘイもタカも楽しそうだし、ま、いっか)

俺にはもったいないくらい素敵な彼女くるみがいる。
こんなところには付き合いで仕方なく来ていると思っている。

10分ほどしたらタカが声を掛けてきた。
「おまえらトイレ行くぞ」
コウヘイと俺はタカについて行った。

「キャバクラって最高だな!コーヘイ、ジョー」

タカが小便をしながら目をキラキラさせて話かけてくる。

「お前ら知ってるか?
 ホステスのお姉さんたちはパンツのラインが見えないように
 みんなティーバックを履いているんだそ!」

コーヘイがうんちくをたれる。

「まじか!このあと見てみる。
 普通に座っていてもパンツも見えそうで見えなくて
 たまらないなーここは。楽園か」

タカは手を洗いながら喜んでいる。

(ティーバックの存在理由ってこういう世界のためだったんだ)
俺は少し感心をしていた

3人は表に出るとそれぞれのホステスさんがおしぼりを持って待ってていてくれた。

前を歩くタカとコーヘイのホステスさんの後ろ姿をみると
確かにパンティラインが出ていない。

(本当にティーバックなんだ)

自分には関係ない世界だなと俺は自分に言い聞かせる。

席についてもそれが気になってしまう。
視線がホステスさんのお尻に目がいってしまう。
チラチラと席の横を歩いて通るホステスさんのお尻を見てしまう。

「じょうくん、わたしとお話しするの、楽しくないかな?」

俺の横に付いてくれたホステスさんが首を傾げて
のぞき込みながら優しい顔をして聞いてきてくれた。

「いや、おれ、彼女いるんで。付き合いで来ただけだから」

「ふふっ、知ってる」

「えっ!?なんで知ってるの」

「さあ、なぜでしょう??」

そのホステスさんは意地悪な表情を見せながら
人差しを指くるくる回していた。

「お姉さんは何でも知ってるの。ふふっ」

年上のお姉さんなのにいたずらっ子っぽい表情に
少しドキッとしてしまった。

年上のお姉さんに『お姉さんは何でも知ってるの』って言われると
見透かされているかのような恥ずかしさと
なんでもわかってくれているような優しさと
お姉さんの思い通りにされてしまうエロさがある。

「くるみのこと知ってるとか?学校でもこの辺でも有名だし」

「彼女くるみちゃんていうんだ。かわいい名前だね」

「えっ。くるみつながりじゃないんだ......」

「じょうくん、もしかして高校生?」

(ドキッ)

おもいっきり顔が引きつってしまった。
お店の中は暗いし表情まではわからないはずだ、と思い込む。
そして冷静に何事もなかったように答える。

「大学生だよ。高校生がくるわけないじゃん。こんなところ」

「じょうくん、うそつくの下手ね」

ホステスさんはそう言いながら俺の鼻に指でツンとする。

一瞬、時が止まった。
自分の鼓動が聞こえる。
それでいて鼻先がなぜか心地いい。
うそがばれたあせりかそれとも......
何秒たったのだろう。

慌てて言う
「うそじゃねーし」

「いいの、いいの、お姉さん黙っててあげるから」

ホステスさんは自分の人差し指をその柔らかそうなプニっとした
唇に当てて「しーっ」という格好をしている。

「だから違うって」

「ムキになってかわいいっ」

ホステスさんは両手で俺の顔を包み込んだ

「大学生は学校って言わないよ。
 学校って言うのは高校生まで」

俺は返す言葉がなかった。

(ごめん。タカ、コウヘイ。しくったわ。おれ)

高校生では入店できない。追い出されると思った。

恐る恐る聞く

「2人連れて出ていけばいい?」

「お姉さんはだまっててあげるってさっき言ったよ。
 でもお姉さんの言うことを今日だけ聞いてもらおうかな」

「聞けることなら聞くよ」

「じゃあ、この時間だけはお姉さんのこと好きになって......」

明るい声で話しているけど
どこか少し寂しさも混ざったような声だった。

そういうとそのホステスさんはいろいろと話し始めた。

気がつけば1時間があっという間だった。
こんなにも楽しい時間が過ごせるのかと思うほどであった。

キャバクラというところがすごいのか
そのホステスさんがすごいのか
気付いたら話が止まらなくなり
すごく楽しくなっていた。

「じょうくん、お姉さんのこと好きになった?」

いままでは明るい声で話してくれていたのに
最後の一言は妙に静かに照れるような言い方だった。

くるみがいなかったら
「おねえさん、すきです」と言ってしまいそうだ。

「くるみの次に好きですよ」

彼女がいる俺からすると大賛辞になる言葉を発したつもりだ。
それくらいこの1時間は楽しかった。

「2番はイヤかな」

小さな声で聞こえないくらいの声でそっとつぶやいた。

俺はなにかひっかかった。
でもそれが何かはわからなかったが
そのホステスさんには悲しいことが起きているんだと思わされた。

「また会おうね。今度は大学生になってから来てね」

耳元でささやいてくれた。声も明るい声に戻っていた。

そしてコウヘイとタカと3人でお店を出た。

「ももちゃん、まじでかわいかった。胸も大きいし太ももがたまらなかったぁ」
タカは興奮が冷めていない。

「あかねちゃんもかわいかったぞ。年上なのに小さくてかわいいのがたまらない」
コウヘイも興奮している。

「あっ!」

「どうした?ジョー」
2人が口を揃える。

「お姉さんの名前聞くの忘れた!」