――あの日、一目見てエミリだとわかった。


今から9年前。
父の知り合いが家に来ることは日常茶飯事だったが、いきなり木に登り始めた子は初めてだった。
しかも俺より年下の女の子が登っている。
大丈夫なのかとチラチラ見ていたら、案の定足を滑らせたようだった。

咄嗟に受け止めようと飛び出したら――、妖精のような女の子が落ちてきた。

名前はエミリ。
純真無垢でちょっとお転婆で、絵本の中から飛び出したお姫様のような君が空から落ちてきたあの瞬間、既に恋に落ちていたと思う。

エミリは最初こそ人見知りしていたが、段々と心を開いて笑顔を見せてくれるようになった。
それがまたかわいくて、エミリと過ごす時間は当時の俺にとって癒しと安らぎを与えてくれた。


「エミリの髪は長くて綺麗だね」


見様見真似でエミリの髪をアレンジしてあげたら、とても喜んでくれた。


「すごいねハルトくん!エミリ、お姫様になったみたい!」


無邪気に喜ぶ笑顔がとても眩しかった。
一緒に過ごす時間を重ねる度に、エミリに対する感情が妹のようにかわいがる感情とは違うものだと理解していった。

年の差を考えたら、俺はお兄ちゃんみたいなものだろう。
慕われてはいても、好かれているとは思っていなかった。


「…ハルトくん、好き」


だから、エミリから漏れ出た言葉の中に、微かな恋心を感じた時は気のせいであって欲しくないと思った。