足がアスファルトを蹴るたびに心臓がずきんと痛む。跳ねる息を整えて、寮の部屋に帰ってベッドの潜り込んだ。

嫌いって言ってた。それなのに私は隼人を追いかけて櫻乃まで来て、あまつさえペアになれたことを喜んでた。

なんて、馬鹿なんだろう。幼馴染みだからと、隼人が私を嫌いだなんて思ってもみなかったなんて。進路が別れる一年前までも、そんなことに気付かずに過ごしていた。私が隼人に係わることで、隼人はどれだけ嫌な思いをして来たんだろう。

自分と言う存在が、隼人に拒絶されている事実が、こんなにも辛い。

ぽろぽろと涙を零していると部屋のドアが開く音がして、璃玖は更に布団を深くかぶり直した。

「お嬢さま、遅くなって申し訳ございません。お食事はどうされますか?」

「……いらない……。隼人、勝手に食べていいよ……」

ぼそぼそと応えると、それはいけません、と隼人が諭した。

「今日のお食事は明日の璃玖さまのお身体を作ります。お心も。ですから、ちゃんと召し上がってください。食欲がないのでしたら、おにぎりでも作りましょうか?」

気持ちの籠らないやさしさが、こんなにも璃玖を悲しくさせる。ぐすぐすと鼻をすすっていると、泣いていらっしゃるのですか? と問う声が聞こえた。

「ないてない……」

「しかし、璃玖さま……」

「隼人……」

呼びかけると、はい、なんでしょう、と璃玖の言葉を待ってくれる隼人。嫌いな人とこれから二年間一緒に過ごさなきゃいけないのは辛いだろうと思う。せめて嫌いじゃない人とペアを組んで欲しいという思いから、璃玖は布団から出て口を開いた。

「ペア、解消しよう」

「璃玖さま?」

それしか方法がない。幼馴染みに会いたかったんじゃない。好きだったから会いたかったんだと分かった以上、ペアを組んでいるのは校則違反だし、隼人にも負担を掛けられない。

「隼人は私の事、嫌いなんでしょう? 嫌いな相手を世話するより、せめて嫌いじゃない相手を世話した方が良いと思う。それに」

「璃玖さま」

「私は、隼人のこと、好きだもん。これって、校則違反だよね」

震える声で言うと、一泊間をおいて、ぎゅっと抱き締められた。

「は、隼人!?」

急に腕の中に閉じ込められて、心臓が走る。鼓膜の奥で鼓動の音が大きく響いて、隼人の声が聞こえ辛かった。

「阿呆。俺の気持ちを、勝手に決めつけるな」

「え?」

「だれがお前を嫌いなんて言った」

え。だって、さっき……。

「さっき、玲子さまと話しているのを聞いたよ? 私の事、好きじゃないって。むしろ嫌いなくらいだって、言ってたよね?」

のぞき見していた後ろめたさよりも、隼人の心に負荷を掛けたくない一心で言うと、はあーっと大きなため息が漏れた。

「お前の、そういう無神経なところ、嫌い」

「ほら! やっぱり!」

泣きそうになって叫ぶと、でもな、と甘い声が耳をくすぐった。

「お前の、嘘つけない所は好きだな」

抱き締められていた腕の力が緩む。隼人が璃玖の首の後ろで手を組んで、間近から璃玖を見ていた。

「幼馴染みしか出来ないんだったら、諦めようって思ってた。でも、俺と校則違反してくれる気があるなら、一緒に二年間、先生たちを騙しとおそうぜ」

にやり、と微笑む隼人は、一年前と変わらない隼人だった。櫻乃に編入してから見てきた隼人じゃない。変わらない隼人がそこに居て、璃玖は嬉しくなった。

「うん……っ! 絶対、秘密だね」

隼人が射しだす小指に小指を絡める。夕飯は『作戦で勝つ』のゲン担ぎで、カツカレーだった。