その20
麻衣



久美はしばらくソファで泣いていた

私は久美の正面の席に移って、その姿を無言で、そっと見守ってたよ

しばらくすると、2階から能勢さんが下りてきた

「ああ、能勢さん…。さっきはタバコありがとうございました。聞こえましたよね、2階まで…?」

「ええ‥、まあね。それで、大丈夫だったの?」

能勢さんは階段を下りたところから、久美が座っている奥の席に首を伸ばして覗き込んでる

「はい。もう少し、このままでって…。すいません。店出るときは声かけますんで」

「了解ですよ。落ち着くまでゆっくりしてればいいさ」

能勢さんは穏やかな口調でそう言うと、冷蔵庫から缶コーヒーを一本手に取って2階へ戻った


...


それから数分して、久美が口を開いた

もう涙は止まったようだった

「…麻衣、もう平気だよ。これからどこか寄るんだよね。ゴメンね、間に合う?」

「心配いらない。時間はまだあるからさ。でもお前、今日はいいよ」

「いや、同行させてよ、ぜひ…。”これ”済ませた後だから、なおさら一緒したいんだ、麻衣とはさ…」

「そうか…。んなら、一緒に行こう」

「でも、どこに行くの?誰かに会うのかな…」

「さっき受取った倉橋さんからの手紙にさ、横田競子がもうじき家路に向かうようだって書かれていたんだ…」

「じゃあ…、横田に会いに行くってこと?」

「そうだよ。奴には改めて”挨拶”をね。もうプロローグは終わったぞって…。私なりのメッセージを届けるつもりだよ」

「そう…。でも、そこに私がついていく意味ってあるの?ああ、ゴメン…。そういうのは、まず自分の頭で考えなきゃいけないんだったわ。ええと…」

久美のヤツ…(苦笑)


...



「…麻衣!ひょっとして、中央公園で私がその場に立会ってたことの真意とか…、そいうのを横田に投げかけるってことなの?」

「おい、久美!お前さっきの”火”でさ、アタマ、覚醒されたんじゃないか?だいたいは的を突いてるぞ!」

「えー、やっぱり!えへ…(苦笑)」

冗談抜きで、久美は覚醒されたよ

とにかく今日の久美には参ったわ

さっき問いただそうとしたこと、やめとく…

”それ”は、”いずれ”でいいさ

今日、コイツの覚悟が本物だって計れたんだ

それで済んじゃったことになるしな、とりあえずは


...


間もなくヒールズを出て、私は久美を後ろに乗せ、カモシカ女への”挨拶”に向かった

横田さんよ…、もう私はアンタとは正面からだ

思いっきりやろうや、へへ…

まずは本番のゴングが鳴った件、伝えに行くからさ