その日の夕方のことだった。
 チカラさんに瀬名くんを引き渡した後、クリスマスパーティーで集まっていたみんなにそのことを報告し、パーティーの後片付けをし、無事やるべきことを済ませたのだが、瀬名くんのことが気にかかってそわそわしていた頃のこと。


『無理だったらいいんだが・・・』


 突然チカラさんからメッセージが飛んできた。
 私はすぐさまメッセージを開く。


『うちに来れないか?』


 私はその意図がわからず一瞬面食らったが、すぐに返信する。


『行こうと思えば行けますけど・・・どうしてですか・・・?』

『涼我が会いたがっている』


 思わずスマホを取り落とすかと思った。

 瀬名くんが会いたがってる!?私に!?

 滑り落ちるかのようにソファから降り、私はあわててコートを羽織った。
 そしてそのまま最低限、スマホと財布だけを手に持って家を飛び出した。

 もう冬だ。
 まだ六時前なのに寒いし、ほぼ日は沈みかけてるし、雪もちらついていた。


(瀬名くんが・・・会いたがってる・・・)


 けど、そう思うだけでなんだか駆け出したくなるほど気持ちが跳ねた。

 雪でブーツが湿ってきて、足先がどんどん冷えていく。
 鼻の先も、指の先も、冷えていくけれど、それにつれてむしろ私の心は熱くなっていく。

 チカラさんのおうちに着くころには私は全身雪まみれだった。

 私は荒い息を落ち着けつつ、チカラさんのおうちのチャイムを押した。


「はい・・・あ、九鬼さん、来てくれてありがとう」

「いえっ」

「突然呼んでしまってすまない・・・、寒かっただろう、あがってくれ」


 チカラさんは私に温かい飲み物でもと勧めてくれたが、早く瀬名くんに会いたくて、丁重にお断りした。


「それより・・・瀬名くんは・・・?」

「あいつはついさっきまで起きてたんだが・・・今は寝ているよ。わざわざ来てもらったのに申し訳ない」

「そんな、チカラさんが謝ることじゃないし・・・!それに眠れてるのはいいことですから」


 私はチカラさんの親御さんに挨拶だけして、すぐに瀬名くんのもとに向かった。
 音を立てないよう慎重に部屋に向かう。


「・・・失礼します・・・」


 そっと部屋に忍び込むと、ベッドの上で瀬名くんが眠っているのが目に入った。
 少し苦しそうだが、深く眠り込んでいる様子だった。

 私はベッドの隣に座り込み、瀬名くんが起きるのを待つことにした。


「九鬼さん、俺が涼我のこと見ていようか?起きたら呼ぶから下で待っていてもいいぞ」


 途中チカラさんがそう言ってくれたけど、瀬名くんに会いに来た手前、瀬名くんのそばにいてあげたくて、それも丁重にお断りした。

 雪の降る夜はなんだかすごく静かで、時折階下でチカラさんやそのご家族が話す声だけが響いた。
 むしろ遠巻きに聞こえるそのおしゃべりの声が、部屋の中の静けさを一層強く感じさせる。

 チカラさんの部屋の窓越しに、明かりひとつ灯っていない瀬名くんのおうちが見えた。


(・・・だから瀬名くんは、帰りたくなかったんだね)


 広いおうちに、ただ一人。
 他のおうちのあたたかな光が、笑い声が遠巻きに聞こえる。

 両親を亡くしてからこの方、ずっとそうやって過ごしてきたんだ。

 うれしい日も、悲しい日も、晴れの日も、雪の日も。


(・・・・瀬名くん・・・)


 私は思わず瀬名くんの手に触れた。

 彼の孤独がなんだか痛いほど心に響いて、私は静かに一人涙を流した。