私はぼんやりと、ベンチで一人空を見上げた。


(・・・・ほんの数時間前までは、まだいっしょに映画見てたのか)


 不思議な感じだ。

 さっきまで隣にいて、さっきまでいっしょに過ごしていた海くんが、もういない。
 それどころか・・・もしかしたら、もう今後二度とこうやっていっしょに出かけたりすることはないのかもしれない。

 そう思うと、複雑な気持ちでいっぱいだった。

 いっしょにいたいからとか、そんな軽々しい理由で告白をOKしてはいけないってことはわかっている。
 だから断った。

 でも・・・いっしょにいたいっていう気持ちが、なくなるわけじゃないから。


(・・・私の出した答え、本当に正しかったんだよね・・・?)


 心の中に、後悔の影が差す。

 それを振りほどくように顔を上げた瞬間、目の前に音央ちゃんが立っていた。


「あかり」

「!」

「話、聞いてほしい」


 驚く私に、音央ちゃんは言わずもがなで隣に座ってきた。


「振られた」

「ふ・・・・」


 どう返したらいいかわからずおろおろする私とは対照的に、当人の音央ちゃんは堂々とした態度だった。
 その目元は、若干赤らんでいたけれども。


「告白中、説教みたいなの始めちゃうしさぁ、ほんと私って恋愛へったくそだわ」


 なんて言ったらいいかわからないので、私はもうとにかく音央ちゃんを抱きしめた。


「わっ!もー急に何よ」

「だって・・・っ!だってぇ・・・!!」


 私が力の限り音央ちゃんを抱きしめると、音央ちゃんも笑って抱きしめかえしてくれた。


「ありがとう、あかり」

「・・・・っうん・・・・」


 音央ちゃんはひとしきり私を抱きしめた後、腕を離した。

 私もそれに気づき腕を離すと、至近距離で音央ちゃんと向き合う。


「あかりは?海くんの告白、どうしたの?」

「・・・断った」

「そっか。それは・・・涼我のことが好きだから?」

「!!」


 音央ちゃんの言葉で、私は目を見開く。


(バ、バレてた・・・の!?いっ、いつからっ!?)


 驚きと焦りで口をあわあわと動かす私を見て、音央ちゃんがふきだした。


「あせりすぎでしょっ!怒ってないし落ち着きなっ!」


 そう言われてもすぐには落ち着けない。

 応援するとか言っておいて自分も好きだなんて、絶対にあってはいけない。
 そう思って、この気持ちを見て見ぬふりしてきたのに。


「ていうか・・・むしろごめん」

「へ・・・?」

「私、ほんとズルいやつなの・・・、涼我のことデートに誘ったのも、あかりに応援しててって頼んだのも・・・全部、あかりと涼我の気持ち、わかっててやったの」


 どういうこと・・・・だろう・・・。

 話が呑み込めず戸惑う私に、音央ちゃんは話し始めた。


「あかりと涼我さ、一時期喧嘩してたじゃん?」

「うん・・・・」

「その時にね、涼我をデートに誘ったの。あかりと喧嘩してる今なら、私にもチャンスあるんじゃないか・・・とか、そういうズルいこと、考えてたわけ」


 自嘲気味に笑う音央ちゃん。
 話が読めない・・・私と喧嘩しているときに誘えば音央ちゃんにチャンスがある・・・?
 それってなんだか・・・。


(瀬名くんが私のこと好き、みたいじゃない?)


 その考えがよぎって、まさかそんなはずはと、自ら否定する。


「・・・・ね、音央ちゃんは、もしかして瀬名くんが私のこと好き・・・とか、思ってる・・・?」

「・・・どう考えてもそうでしょ、っていうかむしろあかりはそれに気づいてなかったわけ?」

「き、気づくも何も!絶対それ音央ちゃんの勘違いだよ・・・・瀬名くんが私のこと・・・とか、そんなのあるわけないもん・・・」


 瀬名くんは誰にでも優しい。
 誰にでも平等。

 私に対してだってそうだ。

 吸血というつながりがあったから特別な関係になっただけで、瀬名くんにとって私が特別というわけではない。

 私のことが好き、なんて、そんなそぶり・・・。


「・・・・じゃあ、あかりは涼我のことどう思ってるわけ?」

「へ?」

「好きなんでしょ?付き合いたいんじゃないの?」

「へっ?へ!?」


 今日はどれだけ心揺さぶられる一日なんだろう。


「どうなの?付き合いたいの?」

「えっ、あっ、えー・・・」


 もう音央ちゃんの中で、私が瀬名くんのことを好きなのは確定しているらしい。
 いやまああながち間違いではないんだけど・・・、つい数時間前まで、好きにならないよう努めていた身としては、それを認める段階でつまづきそうだというのに。


(好き・・・なんだ、よね、私・・・瀬名くんのこと・・・)


 ふとした時に彼のことを考えてしまう。
 彼の行動に、言動に、一喜一憂してしまう。

 気づかないように、見て見ぬふりをしてきた。
 それでも本当は・・・わかっていた。


(私、私は・・・っ、瀬名くんのことが・・・!)


 音央ちゃんの瞳に、私がうつる。

 音央ちゃんは、私の言葉をただ静かにまっていた。
 でもそんな彼女に・・・私のこの気持ちを、告げる勇気がない。

 ついさっきまで、音央ちゃんのこと応援するとか言っておいて、いまさら都合よくこの気持ちを伝えるなんてできない。

 悩む私に、音央ちゃんがしばらくして口を開いた。


「・・・・私、あかりが涼我のこと好きなの、薄々気づいてて、応援してほしいって言ったの」

「・・・!」

「それでもあかりは受け入れてくれた・・・でしょ?私、そのこと、ずっと引っかかってた・・・、あかりの気持ち、ないがしろにしちゃうようなことしたって、本当はずっと後悔してた・・・」

「・・・・」

「だから・・・こんなことじゃ罪滅ぼしにはならないかもしれないけど・・・・、私、今この瞬間だけは、あかりが何言ったって怒らないし、とがめないし、止めないから。だから、言ってみて、あかりの素直な気持ち」


 音央ちゃんのまなざしが、優しく私を包む。
 私はもう、自分をとめられなかった。

 心の中の言葉が・・・そのまま、口から流れ出していく。


「わたし・・・っ、瀬名くんのこと、好き・・・!!」

「うん」

「ほん・・・っ、本当は、音央ちゃんと瀬名くんが話してるのっ、嫌だって思ってた・・・」

「うん」

「でも瀬名くんと同じくらい、音央ちゃんのことも大切だから・・・っ、音央ちゃんが瀬名くんと付き合えるなら、それでいいって・・・っ、そうやって自分、言い聞かせてた・・・」

「・・・うん」

「けど・・・っ、けどほんとは・・・っ!」


 私は、大きく息を吸う。


「ほんとはっ、私が瀬名くんの特別になりたい・・・!瀬名くんの・・・たった一人に、なりたい・・・」


 言い切った私に、音央ちゃんは言葉を続ける。


「私、涼我のことあきらめるって決めてるけど・・・たぶん、明日からは、心のどこかで涼我のこと気にかかってて、告白しなかったらって考えがよぎるんだと思う。だから・・・たぶん、こうやって何の迷いもなくあかりの背中押せるとしたら、今しかないと思うの」

「!」

「あかり!自分の気持ちに正直になって!」


 音央ちゃんは真剣な表情で私を見つめる。


「あかりが自分の気持ちに素直になれなかったのは私のせいなんだし、私が言えた義理じゃないのは百も承知してるっ・・・、でも、だからこそ私があかりの背中を押さなくちゃいけないの・・・、私が気にすんなって言ってんのに、これ以上あかりが自分の気持ちに嘘をつく理由なんかないでしょっ?」

「・・・・音央ちゃん・・・」


 音央ちゃんが、私の背中をたたいた。


「・・・誰が何と言おうと、次は私があかりの恋を応援する!」


 音央ちゃんの言葉で、私はぎゅっと手に力を入れた。


「・・・私、告白する」

「!」

「瀬名くんに・・・ちゃんと、気持ち伝える」


 音央ちゃんはにっこり笑って、うなずいてくれた。


「・・・今言う!」

「え、今!?」

「今っ」


 私は私の覚悟が消えてしまわないうちに、立ち上がった。


「行ってくる!」


 音央ちゃんは一瞬驚いた顔をしたけど、もう一度強く私の背中をたたいた。


「行ってこい!」