【瀬名くんside】
「ほんと俺・・・瀬名さんみたいになりたいです・・・」

「うんうん、大丈夫、海くんには海くんの良さがあるから」


 えーっと・・・。
 何でこんなことになった・・・?

 さかのぼること、ゆうて数分前。

 あかりちゃんと音央ちゃんを残し外に出た俺たちは、公園に向かった。

 その途中、海くんが神妙な面持ちで話し出したのだ。


「・・・俺、ほんと今日だめでした」

「・・・そう?」


 明らかに俺のことを敵視してるっぽかったのにこんなことを話してくるなんて、相当素直というかなんというか・・・。
 いやそれとも敵視されているってこと自体が勘違いにすら思えてきた・・・。


「お昼だって行こうと言ったとこ閉まってたし・・・、映画だってなんも考えずにアクションみたいとか言ってるし・・・、今だって女性は寒がりだからとかそういうとこ気遣えないし・・・」

「えーっと・・・まあ、そう、なのかな?」


 なんだこいつ・・・。

 俺に励ましてほしいのか?
 励ましてほしいアピールなのか?


「俺・・・あんたのこと嫌いだったんすけど・・・今日一日でよくわかりました。あんたがモテる理由」

「はぁ・・・ありがとう?」


 素直に喜んでいいのか、素直に褒められていると解釈していいものなのか、判断に困る。

 海くんからすれば俺は恋敵のはずなんだけど、いまいちそんな雰囲気になりきれないのはなぜだろう。


「気が利くし・・・あとなんか俺が失敗したとこカバーしてくれるし・・・まじ、ありがとうございました」

「あ、うん」


 最初見たときは不機嫌だし不愛想だし、正直凜ちゃんには全然似てないと思ったのだが、こうしてみるとそっくりだ。

 大食いなところといい、素直なところといい・・・そして性格が良い・・・。
 ひねくれたやつなら、カバーしてくれた、とかじゃなく、恩を着せてきた、とか、これ見よがしに優越感を醸し出してきた、みたいにとらえそうなもんだし。

 海くんはあからさまにしょぼんとしていて、まるで飼い主に叱られた犬のようだった。


「・・・瀬名さんって呼んでもいいですか」

「えーっと、どうぞ」


 ダメとは言えない流れ。
 まあ別に断る気もないけど・・・。


「どうやったら・・・、その、瀬名さんみたいに気ぃ利くようになりますか?」

「え?いやえっと・・・なんだろ、場数を踏む?」

「場数・・・」


 海くんが渋い顔をした。

 まあ前回JKの圧に押しつぶされそうになっていた時から感じてはいたけど、たぶん女性との関りを一切断って生きてきたんだろう。
 容易に想像がつく・・・。


「場数・・・」


 渋い顔で繰り返す海くんに、思わず助け舟を出した。


「・・・ま、まあわざわざスタンス変えなくてもいいと思うけどね。俺みたいなのがいいって言ってくれる子ももちろんいるけど、初々しい感じある奴のが好きって女の子もいるだろうし。ほら、自分が初めてなんだーって思うと海くんも嬉しいでしょ?」

「・・・それは・・・確かに・・・!」


 男は初めての人になりたがり、女は最後の人になりたがる・・・という、どこかで聞いた格言は黙っておこう。
 まあ例外は絶対あるし。


「・・・でもやっぱ俺、あかりさんにはちゃんと気がつかえるって思ってほしいです・・・ただでさえ年下なのに・・・せめて気づかいとか、性格とか、そういうとこだけでもあかりさんに見合う男になりたい・・・です」

「・・・・ふーん」


 海くんの瞳は、もう真剣そのもの。

 茶化すとか、いじるとか、そんなことする余地もないくらい真剣だった。
 そんだけ・・・あかりちゃんのこと、本気で好きってことだ。


「ほんと俺・・・瀬名さんみたいになりたいです・・・」

「うんうん、大丈夫、海くんには海くんの良さがあるから」


 と、まあそんなこんなで俺が海くんを励ます(?)というよくわからない状況になっているわけだ。

 海くんは視線を下げた。


「・・・俺じゃ、やっぱあかりさんには見合わないかも・・・」

「・・・さあ・・・」


 ここで、そうだね、と言うのがさすがに非道すぎることは俺にもわかる。
 だからといって、そんなことないよ、と言うのもなんだか癪だ。


「・・・告白、するつもりなんです」


 海くんが不安そうな瞳で、しかしまっすぐにこっちを見てきた。


「自信ないけど・・・でもっ・・・俺、もうこのまま進めないでいるのやめたいから・・・」

「・・・・」

「瀬名さんは・・・・瀬名さんは、あかりさんのことどう思ってるんですか」


 海くんがまっすぐに問いかけてきた。


「えー・・・そりゃーまあ好きだよ?俺は女の子みーんな大好・・・」

「そういうのじゃなくて・・・っ」

「・・・・」


 わかっている。
 海くんが言いたい意味。

 普段の俺ならふざけて答えないだろうけど・・・、海くんの想いが、あまりにも強くて。

 それに対して軽々しく答えちゃダメだ、という気持ちが、俺の中に芽生える。


「・・・あかりちゃんのことどう思ってるか、か・・・。じゃあ、正直に答えるね?」

「・・・はい」

「好きだよ」


 俺の言い方が軽かったからか、海くんは少し拍子抜けしたようだった。


「好きっていうのは・・・恋愛対象として、ですよね・・・?」

「うん、当たり前じゃん。俺だけを見ててほしいし、俺だけ頼りにしてほしいって思うし・・・海くんのこと下の名前で呼んでんの気に食わないし、海くんがあかりちゃんに告白しようとしてんのだってほんとは阻止したいし」


 俺は努めていつもの笑顔で、いつもの調子で話しているけど、包み隠さず全部話した。

 話すトーンの軽さと話す内容の重さがつりあってないからか、海くんはすこし面食らったようだった。


「えーっと・・・なのに、止めないんですか?俺の告白・・・」

「んー・・・まあ止めたいのはやまやまだけどね」


 俺はなんて言えばわかってもらえるのか、少し考えた後、俺の考えを伝える。


「別に付き合いたいわけじゃないから・・・っていうとちょっと違うけど、まあ付き合うことは考えてないんだよね。だから止める権利もないでしょ?」

「・・・わけわかりません。好きなら付き合いたいもんですよ・・・」

「あはは、凜ちゃんと同じこと言ってる」

「・・・・」


 海くんは少し嫌そうな顔をした。

 お姉ちゃんに似ているっていうのは、どうやら誉め言葉にはならないみたいだ。


「まあ、とにかくそういうわけだからさ、別に止めはしないよ」

「・・・・」

「俺も凜ちゃんには借りがあるしね。海くんの邪魔なんかしたら凜ちゃんに頭あがんないよ」


 俺はそう軽口をたたいて、笑って見せた。
 そして、俺はイルミネーションが点灯したのをはために、海くんの背中をたたく。


「ま、がんばんなよ」

「・・・うす」


 海くんはやっぱり素直にそう言った。

 音央ちゃんとあかりちゃんを呼びに行こう。
 そんで海くんをあかりちゃんと二人きりにさせてあげよう。


(ま、凜ちゃんのためだからね)


 俺は心の中でそうつぶやいて、歩き始めた。