「・・・お腹いっぱい・・・」


 店を出ると、海くんが少し苦しそうにつぶやいた。


「さすがの海くんもあんなに食べればね」


 海くんはただでさえ豪勢なハンバーグとステーキのプレートに加え、ご飯を大盛りにし、さらには私と音央ちゃんが食べきれなった分までぺろりと完食した。


「いやぁ結構量多くてきつかったからさー、海くんが食べてくれて助かったよー」

「だね、ありがとう海くん」


 音央ちゃんも海くんにお礼を言い、私もそれに倣って改めてお礼を伝えた。


「にしても・・・この子ほんとに凜ちゃんの弟だね」


 瀬名くんも男子高校生である以上、食べる量は多いんだろうけど、そんな瀬名くんも若干引いていた。
 食べる量の多さは、凜そっくりである。


「・・・さ、こっからは午後の部だよ!行きたい場所があるんだけど、この時間はまだ空いてないから映画でも見よ!」


 この時間に空いてない場所・・・?
 私は疑問に思ったのだけれど、サプライズをしようとしている音央ちゃんたちに水をさすまいと、黙ってついていくことにした。

 まずは近くの映画館に向かった。


「見るとしたらこの三本のどれかなんだけどー・・・希望ある?」


 アクションに、アニメ映画に、恋愛もの。

 私としてはアニメ映画が少し気になっているけど・・・。

 しかし意見を聞いてみると、海くんがアクション、音央ちゃんは恋愛もの、とのことだった。


「うーん、見事に意見分かれたねー・・・涼我は?どれがいい?」

「んー、俺はどれも好きだけどー・・・」


 瀬名くんは少し考えた後、恋愛ものを指さした。


「たぶんこれがいいかな」


 結果、多数決で恋愛ものに決まった。
 音央ちゃんがチケットを買ってきてくれるとのことで、私と海くんと瀬名くんは飲み物の列に並んだ。


「瀬名くん、どうして恋愛ものにしたの?」

「え、嫌だった?」

「ううん、じゃなくて・・・瀬名くんならアクションにするかなって思って」

「あはは、なんでさ、むしろ俺が海くんの希望聞くと思うの?」


 瀬名くんがさらっと海くんに爆弾を落としたせいで、海くんがまた瀬名くんをにらみつける。


「まあそれはわからないけど・・・瀬名くん、私と音央ちゃんの意見分かれたら間をとってアクションを選ぶかと思った」

「ん、まあねー、それは一理ある。けど今回のデートは音央ちゃんがパートナーだから」

「・・・・あ、そっか・・・うん、そうだよね」


 余計なこと、聞いちゃった・・・。

 そりゃそうだ、私はなんて調子に乗ってたんだろう。
 何気なくあんな質問をした自分が恥ずかしい。


「まあ、あと一番は原作があるかどうかだね。残りの二つは原作がなかったけど、あの恋愛ものは少女漫画発でしょ?映画化までこぎつけたってことは、そんだけ人気作ってことじゃん。やっぱ映画デートでつまんない映画ひいちゃうと盛り上がんないからねー」

「・・・・なるほど、よく考えてるんだね・・・」


 瀬名くんはやっぱり手慣れ感が違う・・・。
 私といっしょに話を聞いていた海くんも、その思考回路に驚愕すると同時にちょっと落ち込んでいた。

 そして私たちは無事チケットと飲み物を手に入れ、映画館に入った。


(映画見に来るの久しぶりだなぁ・・・)


 一人だとわざわざ映画を見よう!という気分にならないので、こういう機会は貴重だ。

 公開してかなり経っているのか、時間帯的には込みそうな時間だったが、横一列に席がとれるくらいには空いていた。
 私は海くんと瀬名くんにはさまれるような位置で席に座った。

 映画の内容はいたってシンプル。

 ちょっと内気な主人公が、同じ高校の男の子に恋をする。だけど彼には他に好きな人がいて・・・。

 という感じだ。
 少女漫画の、王道中の王道って感じ。


『私・・・ナツキくんのこと、好きなのかな?気づいたら、彼を目で追ってる。気づいたら、彼のことを考えてる。彼のささいな言葉や表情が、胸に残って離れない・・・これってきっと』


 主人公の女の子のセリフを聞いたとたん、むせ返るかと思った。

 さっきご飯を食べているとき、妙に瀬名くんの表情が思い出されてしょうがなかった・・・んだけど。


(・・・ちょ、だめだめだめっ!なんかこれ以上考えちゃいけない気がするっ!!)


 私は自分の思考にふたをしようと試みたのだが、そのあとも主人公の女の子は、ふとショッピングをしていて彼に似合いそうなプレゼントを見つけてしまったり、彼と別の女の子が話しているのが気にかかったり。
 またある時は彼のことを思うがあまり喧嘩してしまったり、それを気にして眠れない日々が続いたり。


(・・・なんか、思い当たる節が多すぎて集中できないんですけど・・・)


 私は冷や汗をたらした。
 いや、まさか、そんなはずは・・・。

 私はおそるおそる、瀬名くんのほうに視線を向けた。

 瀬名くんはじっとスクリーンを見つめていて、私の視線には気づかない。


(瀬名くんは・・・私のこと、どう思ってるの?)


 そう心の中でつぶやいた瞬間、映画の中の女の子もつぶやく。


『ナツキくん・・・私のこと、どう思ってるの・・・?あなたの心が知りたい、好きだから・・・知りたい』


 全く同じことを主人公が言い出して(しかも余計なセリフを付け足して)、私は今度こそ耐え切れずせき込んだ。


「だ・・・っ、大丈夫ですかあかりさん・・・!」

「だっ、大丈夫・・・!!」


 小声で声をかけてくれた海くんに無事をアピールし、私は視線をスクリーンに戻す。


(そんな・・・そんなわけない)


 あるわけない。


(私が瀬名くんのこと好き・・・とか)


 だって、それじゃあ私・・・。

 どうすればいいの?


 私の中に、暗い影が伸びる。


 認めたくない。
 認めるわけにはいかない。


 いや・・・本当はこれまでもわかっていたのかもしれない。

 私にとって、瀬名くんが特別な存在だってこと。

 だけど認めたくないから、目をそらして、ふたをして、自覚しないでいようとしたんだ。


(だって私は普通の女の子じゃないから・・・だって私は音央ちゃんの友達だから・・・だって私のせいで瀬名くんは危険にさらされたから・・・・)


 そんなの言い訳だ。

 それでも・・・この気持ちを自覚してしまうと、もうあとには戻れない。
 もしこれが恋だとしたら・・・・あなたの隣に、今まで通り並べる自信が・・・ないんだ。