どうにかぎりぎりバスに間に合い、予定通り集合場所へと向かう。
 そこにはすでに音央ちゃんと瀬名くんの姿があった。

 さっきまで海くんと二人きりで心臓がフルマラソン状態だったので、ほっと息をついた。


「おーいあかりーっ・・・って、手つないでんじゃん・・・!」

「はっ!」


 そうだ。
 手つないだままだった。

 あわてて手を放そうとしたけど、海くんは離してくれない。


「ちょ、か・・・!海くん!は、離そ!?一旦離そう!?」

「嫌です」

「大丈夫!あとで二人になったらつなぎ直す!!だから今は一旦!ね!?」

「嫌です」


 海くんは何を言おうと離そうとはせず、むしろ説得を試みるほど頑として離すまいと、手に力がこもっていく。
 振りほどこうにも、つないでいないほうの手にはバッグと日傘があるので振りほどけない。


「・・・か、海くんからすればダメージゼロかもだけど、一応この二人は私のクラスメイトなんだよ?か、海くんだって手つないでるとこクラスメイトに見られんの嫌でしょ?」

「それは・・・嫌ですけど・・・」

「でしょ!?なら・・・」

「それでも嫌です」


 海くんが私の瞳をのぞきこむ。


「デっ・・・デート、ですから」

「・・・・はい」


 私はすべてを受け入れた・・・。
 音央ちゃんにはいじられたけど、甘んじて受け入れるしかない。

 音央ちゃんはにやにやしながらこの後のことについて話してくれた。


「とりあえずこの後はまず、ミズノモリ水族館に行く予定、その後のことについてはまた都度話すね!じゃあ行こう!!」


 海くんが先導するように前に進み出たため、必然的に私も手を引かれて前に出る。
 それもそのはず、私と海くんは何度かその水族館に家族で訪れたことがあり、場所を把握しているのだ。

 私たちは歩いて水族館に着くと、海くんが用意してくれていた入場券を使って入館した。

 ロビーを抜けて早速観覧ゾーンに行くと、扉を開いた瞬間から大きな水槽が立ち並ぶ。


「わぁっ・・・!」


 音央ちゃんが嬉しそうに声を上げた。


「音央ちゃん、来るの初めて?」

「二歳くらいのころに一回来たらしいけど覚えてないんだよね」

「二歳なら覚えてないね」


 瀬名くんと音央ちゃんはいつも通り自然に会話して進んでいく。

 それに比べて私たちはというと。


「・・・・きっ、きれいだねぇ・・・!」

「そっ、そう、ですね・・・!」

「・・・・」

「・・・・」


 会話が止まった。

 あれ?おかしいな・・・前回家族総出で来たときは入館から退館まで会話が途切れず・・・それどころかはしゃぎすぎてお母さんたちに怒られた気がするんだけど・・・。

 わ、私って海くんとどういう会話をしてたんだっけ?


「・・・・・」


 なんとか話題を探していると、少し先にいた瀬名くんが見かねて話しかけてきた。


「そこの二人は、来たことあんの?水族館」

「!」


 私が答えようと口を開きかけると、それを遮るように海くんが一歩進み出た。


「何回も来てます、いっしょに」

「・・・そう、じゃあ会話ないのは来すぎたせい?」

「うぐっ・・・」


 瀬名くんの冷たい突っ込みに、海くんは言葉に詰まる。

 私は苦笑いしながら海くんに話を振る。


「ぜ、前回来たのいつだっけ~?」

「えと・・・よ、四年前・・・くらい?あの、あかりさんと姉ちゃんの中学校の入学祝で来た時の・・・」

「あー、あれかぁ。懐かしい」


 そうか、もう前回来た時から四年も経っているのか。
 思った以上に時がたっていてびっくりだ。


「あのときはこの水槽なかったよねぇ?」

「え?ありましたけど・・・」

「嘘!?」

「だってほら、ここで姉ちゃんがこけてケガして・・・」

「うわ待って、そうだ!そんなことあった!!」


 一気に記憶がよみがえってきた。


「ふふっ、海くんそのことでずっと凜をいじってたよね?」

「ちょ、それ言わないでください・・・いじりすぎて俺めちゃくちゃ姉ちゃんに怒られたんですから・・・」

「覚えてるよ。そのあとしばらく凜のパシリ生活だったもんね?」

「でしたね・・・」


 初めは手をつないで歩くだけで緊張していて、まともに会話もなかったけど、瀬名くんの助け舟をきっかけに会話が流れ出した。

 特にこの水族館は何度も来たことがったので、思い出話には事欠かなかった。


「あ、ねー見て!涼我!あの魚めっちゃでかい・・・!」

「・・・・」

「涼我!聞いてる?」


 どこか上の空な瀬名くんに向かって、音央ちゃんが呼びかける。
 それを受けて瀬名くんもはっとしたような顔で音央ちゃんのほうに意識を戻した。


「え?あ、ああ・・・うん」

「絶対聞いてなかった!もうっ」

「ごめんってば」


 音央ちゃんは気を取り直してもう一度魚を指さす。


「あの魚でかい!」

「魚っていうかサメじゃん」

「あ、そうサメだサメ」

「ん、ここに説明あるよ。チョウザメの仲間みたいだね」

「あー、あのキャビアのやつね」

「そうそう」


 しばらく見て回ると、今度はくらげゾーンに出た。
 何度もこの水族館には来ているけど、ここは私のお気に入りのスポット。

 くらげって、きらきらと絶えず揺らめいていて、見飽きない。


「・・・・あの」


 くらげに見とれていると、海くんが話し出した。


「今日、デートの計画立てるとき・・・、島崎さんと話してたことなんですけど」


 島崎さん・・・音央ちゃんのことだ。


「お互いの、思い出の場所に行こうって話になって」

「へえ・・・そうなんだ。じゃあここ提案したのは海くん?」

「はい。思い出の場所って言われて、真っ先にここにしようって思いました。俺たち小さいころからいろんなとこ行ってて、ゲームセンターとか家の近所のカフェとか、中学校のそばのスポーツセンターとか、いろいろいっしょに行った思い出はあるんですけど、俺にとってはここしかないって思いました」


 そう話す海くんの瞳は、水槽の青い光を反射して、きらきらしていた。

 その吸い込まれそうなほどきれいな瞳に、思わずくぎ付けになる。


「・・・それは、どうして・・・?」

「俺が、ここであかりさんを好きって、初めて自覚したから」

「・・・!」


 海くんが、昔をなつかしむように目を細めた。


「ちょうど、ここ」


 そう言って、くらげゾーンの真ん中にある、小さな水槽を指さした。

 海くんはそこで私の手を離すと、水槽の向かい側に回り込む。

 小さい水槽だから、水槽越しに海くんの姿が見えた。


「ここ、初めて来たときのこと、覚えてます?」

「う、ううん・・・」

「俺は覚えてます。俺が五歳のときです。あかりさんはその時からくらげ大好きで、ずっとここで立ち止まってて、親御さんに怒られるまで動かなかったんです」

「そ、そうだっけ・・・よく覚えてるね・・・」


 私の覚えていない幼少期のエピソード。
 なんだかそれを覚えてもらっていいるのは、うれしいような、恥ずかしいような・・・。


「ほんと、ずっと立ち止まってて。俺と姉ちゃんがどうにかしてあかりさんの気をそらそうってなって、姉ちゃんははしゃいでじゃんけん挑んだり、腕を引っ張ったり、抱き着いたりしてました」

「あはは、凜らしいなぁ」

「俺もどうにかあかりさんの注意をひこうって思って、水槽越しにあかりさんに手を振ったんです」

「ふふっ、その遠慮がちな感じも海くんらしい」


 全然覚えてないけど、なんだか簡単に情景が想像できてしまう。


「でもそれなのにあかりさん、全然俺のほうに気づかなくて」

「えぇ?そうなの?」

「はい。ずっと、ずーっとくらげばっか見てるんです」


 水槽越しに、海くんが笑った顔が見えた。


「もう、瞳を輝かせて、水槽の中に吸い込まれるんじゃないかってくらい。その表情が・・・なんか、すっごいきれいで・・・・俺、くらげに見惚れてるあかりさんに、見惚れてました」

「・・・!」


 そう語る海くんの表情はきらめいていて・・・なんだか、息をのむほどきれいだった。

 水槽越しにそんな海くんを見ていると、今の海くんに、五歳のころの彼が重なって見えた気がした。


「しかもあかりさん、そのあとしばらくしてやっと俺に気づいて。そこでどうしたと思います?」

「えぇ・・・?覚えてないよ・・・」

「ちっちゃく笑って「海くんみつけた」って言ったんです。反則じゃないですか?」

「は、反則・・・?なの?」

「反則です」


 海くんは私の隣に戻ってきて、また手を握った。


「そっから始まりました」

「・・・そ、そっか・・・」


 なんて返すのが正解なのかわからなくて、私はそんなそっけない返答をしてしまった。

 自分でもわかるくらい顔が熱い。
 私の顔ははたから見てわかるくらい、赤く染まっていた。

 それを、遠くから瀬名くんは見つめていた。


「・・・・あかりのこと、気になる?」

「えっ・・・」


 音央ちゃんにそのことをつかれ、瀬名くんは慌てて視線をそらす。


「・・・いやっ・・・別に」

「もう、バレバレな嘘つかないでよー。でもちゃんと私のほうも見てよねっ」

「・・・ん、ごめん」


 音央ちゃんは元気に笑い声をあげたけど、その笑顔はどこか・・・切なげな色がまじっていた。