「実は・・・瀬名くんには秘密にしてたんだけど・・・・、チカラさんは吸血のこと、知ってるの」

「え・・・」


 瀬名くんが眉をひそめた。


「・・・あかりちゃんが言ったわけ?」


 少し責めるような声色だったからか、私が口を開く前に、チカラさんが話し始めた。


「いや、たまたま俺が目撃したんだ。学園祭の前の週の月曜に」

「・・・!」

「それで、九鬼さんに話を聞いた」


 瀬名くんはすべてが突然すぎて、理解できないようだった。

 動揺しているのが見て取れるほど、瀬名くんの瞳は揺れ動いていた。

 瀬名くんは何かを言いかけては口を閉ざし、何かを言いかけては口を閉ざし。
 それを数回繰り返した。
 きっと何を言えばいいのか、何を聞けばいいのか、頭がまわらないのだろう。


「・・・・あかり、ちゃんは・・・別にきょーちゃんの血でもいいんだもんね」

「・・・え?」


 どうして早く言わなかったのか、とか、いつチカラさんと話したのか、とか。
 そんなことを聞かれると思っていた私には、予想外の質問だった。


「・・・違う、こんなのが聞きたかったわけじゃなくて・・・」


 瀬名くんは私の動揺を読み取ったのか、そうごまかした。
 だけどチカラさんは、まっすぐな瞳で瀬名くんを見据えて、口を開く。


「そうだ」

「!」

「俺は、お前が倒れたときには、もう吸血のことを聞き及んでいた。この意味が分かるな?」


 チカラさんのまっすぐな視線から逃れるように、瀬名くんは視線を外した。


「涼我はあのとき、軽い貧血だって笑ってごまかしたが・・・俺がそれをどんな気持ちで聞いてたか、わかるか?」

「・・・・」

「九鬼さんはお前じゃなくったって吸血できるんだ。何もお前がそこまで体を張る必要ないだろ・・・」


 チカラさんは眉をひそめた。
 この優しい声色で、言葉で、ただただ瀬名くんを大切に思っているんだと、痛いほど伝わってくる。


「・・・わかったよ」


 瀬名くんは投げやりにそうつぶやいた。


「別に、きょーちゃんの血でもなんでも、勝手に飲めばいいじゃん」

「・・・!」


 瀬名くんは私に一切視線を送ることなく、そういい放った。
 その温度のない声が、私を突き放す。


「俺のことなんてもう必要ないんでしょ?」

「なっ・・・・」


 そんな言い方ってない。

 瀬名くんが倒れたとき、私がどんな気持ちであなたのことを考えていたと思うの?
 チカラさんが瀬名くんのことを心から心配していたのと同じように、私も不安と焦りで胸がいっぱいだった。

 倒れた理由を聞いたときは、何度自分を責めただろう。

 だから瀬名くんから身を引いたのに。

 本当は瀬名くんの隣にいたかった。
 まだ話したいこともいっぱいあった。
 もっとあなたのことを知りたかった。

 それでも・・・自分勝手に瀬名くんのそばに居続けられるほど、瀬名くんへの想いは軽くないから。

 だから離れたのに。
 だから距離をおいたのに。


「・・・・っ!そ、そんな言い方・・・・っ!!」


 言いたいことはいっぱいあるのに・・・いや、言いたいことがありすぎて、何を言えばいいかわからなくなってしまった。

 言葉にできない想いだけが、あふれて、私の心の中で氾濫を起こす。
 口から発せなかった感情が、涙になって出てきた。


「なっ何も知らないくせに・・・っ!勝手なことばっかっ・・・言わないで・・・っ!!」


 泣きながら嗚咽交じりにそう叫んだら、瀬名くんが動揺しながら私を見つめてきた。

 だけど瀬名くんは小さく唇を噛んで顔をゆがめた。


「・・・・勝手なのはそっちじゃん・・・、俺が・・・っ、俺がどういう想いでいるかなんて考えてないでしょ?あかりちゃんから一方的に距離置こうって言われた時も・・・!今この瞬間だって・・・!」

「知らないっ!知るわけないっ!瀬名くんが何も言わないからじゃん・・・!辛い時だって、寂しい時だって、取り繕って、いつも通りの笑顔見せてきて!」


 今週の月曜日だって。
 吸血をやめようと告げたあのときだって。

 瀬名くんはあっさり私との時間を手放して。

 どんな気持ちでいるかなんて、態度で示してくれなきゃわかるわけない。


「それは・・・っ!それはあかりちゃんが吸血すんの辛いとか言うからじゃん・・・!自分勝手なのはそっちじゃん!!」

「そんなの・・・・っ、ぜんぶっ・・・・」


 言おうとしたけど、次から次に涙が出てきて、言葉が続けられなかった。


「だいたいあかりちゃん――――――」


 なおも言いつのろうとした瀬名くんから私をかばうように、チカラさんが進み出た。


「もういい」

「・・・っ」


 瀬名くんが口を閉ざしたその時、ガチャっと扉があいた。


「いやぁ!ごめんごめん遅くなってー・・・・って、え?」


 満面の笑みで登場した凜が、泣きじゃくる私を見て固まる。


「え?え?ど・・・どう・・・え?」


 人前で泣いたのなんて、何年振りかわからない。
 さすがに付き合いの長い凜も、どうしたらよいかわからずおろおろしている。


「あかり・・・どした?」


 音央ちゃんが心配そうにのぞきこんできた。


「なん・・・っ」


 なんでもないって言おうとしたけど、嗚咽が邪魔して言えない。


「だいじょ・・・っ、だから・・・っ!・・・っ」


 無理やり涙をぬぐって平静を保とうとするけどできそうになかった。
 そんな私を見かねて、チカラさんが私の手を引いた。


「九鬼さんは最近疲れていて気持ちがあふれてしまったみたいだ。少し外の空気を吸ってくる」


 みんなにそう言い残して、チカラさんは私を外に連れ出してくれた。

 外に出た瞬間、冷たい風が私の頬を撫でる。


「さすがに外だと目立つから、俺の家に行こう。いいか?」

「あっ、ぅ、ありが・・・っ・・・」

「わかっている、しゃべらなくていい」


 私は黙ってチカラさんについていった。

 チカラさんはリビングに行きかけて、立ち止まる。


「・・・あー・・・すまん、親が帰っているみたいだから、俺の部屋でもいいか?」


 私が静かにうなずいたのを見て、チカラさんは部屋に案内してくれた。

 チカラさんの部屋は、黒を基調にしたシンプルな部屋で、なんとも彼らしい部屋だった。


「適当に座ってくれ」

「・・・はい・・・」


 場所が変わって、瀬名くんと離れて、少し落ち着いてきた。

 まだ涙は止まらないけど、嗚咽がとまって、しゃべれるようになってきた。


「・・・あの、チカラさん、ありがとうございました・・・ほんとに・・・」

「ん、少し落ち着いてきたみたいだな」

「・・・はい・・・おかげさま、で・・・」


 泣いたせいで、少し声がかすれてしまう。


「・・・九鬼さん、俺のほうこそ、君に感謝と・・・謝罪を、しなければいけない」


 チカラさんが深々と頭を下げた。


「え、な、なにが・・・ですか・・・?」

「・・・正直、さっき君が涼我を吸血しそうになったとき、やっぱり涼我と距離を置くよう忠告しておいてよかった、と思ったんだ。それは今でも変わらない」


 チカラさんは、そこで一旦口を結んだ。


「・・・けど同時に、それは君の本能的なもので、君自身ですら、その衝動が出ることに苦しんでいるってさっきの姿を見てわかった。なのに以前の俺は君のことを・・・人間ではない、だの、涼我のことを考えろ、だの・・・君自身を否定するような軽率なことばかり言ってしまったから。それにも関わらず君は、俺に言い返してこなかった。それどころか、当然のように忠告を受け入れてくれた。本当にすまなかった」

「・・・チカラさんが言ったこと、全部あってましたから。受け入れるの、当たり前です・・・」


 そうだ。
 チカラさんに謝られるようなことなんて、何一つない。

 すべての原因が、自分のせい。
 からまわって、勘違いして、勝手に思い上がって。

 自分に嫌気がさす。


「・・・瀬名くんに、ひどいことしちゃった・・・・、ほんと・・・自分勝手なの、私のほう」


 自分が情けなさすぎてまた涙が出そうだった。
 でもこれ以上チカラさんを困らせるわけにはいかない。

 なんとか泣くまいと、大きく深呼吸した。


「・・・泣いていいぞ」

「・・・・な、なにが、ですか・・・」

「一人がいいなら出ていくし、なぐさめてほしいならそばにいる。もう二度と関わらないでほしいならそうするし、涼我の代わりに吸血させろっていうならそれも受け入れる」

「・・・・そ、んなに、迷惑かけれ・・・っ、ない・・・です・・・っ」

「罪滅ぼしだ。君が俺の忠告を守り続けてくれる限り、君に従うよ」

「・・・・・っ!!」


 チカラさんって・・・時々、魔法使いみたい。

 私の心の中、魔法で見えているみたい。

 チカラさん、あなたが魔法使いなら・・・どうか、私を普通の人間にしてほしい。
 なんの気負いもなく、なんの気兼ねもなく、瀬名くんの隣に並べるような・・・普通の、女の子に。