私は、少し遅れる、とグループに連絡を入れた。


「・・・あの、お気になさらず」

「そうはいかない」


 そう言ってチカラさんは私の前にお茶を出してきた。


「・・・で、どういうことなんだ?」


 チカラさんはまっすぐに私を見つめてきた。


「俺は確かに君に、もう涼我とかかわらないでくれ、と伝えたはずだが」

「・・・・はい」


 私は意を決してすべてを話すことにした。

 この場合、チカラさんは、私が吸血鬼(正確に言うと末裔だけど・・・)であることも、瀬名くんと秘密の関係を持っていたことも、そして今瀬名くんと距離を置いていることも、全部知っている。
 私の事情について、今一番知っている人だといっても過言ではない。

 私が今、凜にすら相談できないこの問題を、全部相談できる唯一の人なわけだ。


「・・・実は、吸血をやめるってなって・・・、今週一週間、瀬名くんとはほとんど関わらなかったんです」


 私が話すのを、チカラさんはただ静かに聞いていた。

 友達と勉強会をする約束をしたこと。
 友達の一人が瀬名くんに好意を抱いていて、瀬名くんを勉強会に誘うことになってしまったこと。
 友達の好意を察しているだけに、断ることもできなかったこと。
 そして、今日がその勉強会であること。


「・・・と、いうわけで・・・さっきは勉強会に向かっていて・・・」

「・・・なるほどな」

「・・・できれば・・・私としても今かなり瀬名くんとは気まずいから行きにくくて・・・、かといって他の友達とはやっぱり会いたいし・・・」


 私は、はぁ、と今日何度目かのため息をついた。
 ここで話は終わりのつもりだったのだが、チカラさんは何も言わなかった。


「・・・・えっと、ごめんなさい、愚痴みたいになっちゃって・・・、私の事情を知っている人が他にいないから普段相談できなくて・・・」

「・・・いや構わない」


 私は瀬名くんの家のある方向に、視線をやった。
 今頃、みんなは勉強会を始めているだろうか。


「・・・やっぱ、やめておきます。体調悪くなったとか何とか言って。瀬名くんとはもう、関わらないって決めたんだし」


 私はそう言って勢いよく立ち上がった。


「じゃあこれで。話聞いてくれてありがとうござい・・・」

「待て」


 何かを考えていたチカラさんが、突然立ち上がって私を呼び止めた。


「・・・その、確かに俺は涼我に関わらないでくれとは言ったんだが・・・、そのせいで君が他の友人との関係に支障をきたすのは・・・なんというか、さすがに所在ない」

「・・・・はあ」

「・・・うまい具合に、涼我と関わらずに乗り切れないのか?」

「うーん・・・そうしたいのはやまやまなんですが・・・できるかな・・・」


 私が渋い顔をして考え込むのを見て、チカラさんは一つ提案をしてきた。


「・・・なら、俺も行こう」

「・・・・へ?」


 一瞬冗談かと思ったけど、チカラさんの目は真剣そのものだった。


「俺は九鬼さんの事情を知ってる。だから・・・いざってなったら俺が涼我と九鬼さんの間に入る。それでいいだろう?」

「・・・え、でも・・・、チカラさんはそれでいいんですか・・・?」

「いいも何も・・・むしろ君こそ、涼我と関わらないためだけに、友達との関係をないがしろにしてしまっていいのか?」

「それは・・・そりゃ・・・よくはないですけど・・・」

「だろう?」


 じゃあ決まりだ、と言うや否や、チカラさんは立ち上がって上着を手に取った。


「え、え、ほ、ほんとにいっしょに来るんですか・・・?い、一年生しかいないですけど・・・」

「構わない。俺は別に自分の勉強をしているから。必要ならば教える側にもまわろう。一年の範囲の復習にちょうどいいしな」


 そうか、今チカラさんは三年生だから・・・受験生なんだ。

 なのにこんなことに付き合わせるなんて・・・。


「あの、・・・やっぱり・・・」

「気にしなくていいから」


 チカラさんは、私の心配を見透かしたみたいにそう言って、安心させるためなのか今日初めて笑ってみせてくれた。

 私の隣を通り過ぎるとき、ついでに軽く、ぽんと頭を撫でられた。


「・・・・ありがとう、ございます・・・・」

「ん」


 こうして、私は数時間前には思いもしなかったけれど、チカラさんとともに、瀬名くんの家のチャイムを押したのだった。