私と瀬名くん。

 晴れて、付き合うことになりました。


「はぁ・・・・」


 窓の外の晴天には似つかわしくないため息が、私の口からもれた。


「あかりの彼氏、モテモテですねぇ」

「ちょ、声大きい・・・!!」


 にやにやしながらからかってきた凜の口を、あわててふさいだ。

 先日付き合ったことを報告して以来、凜には事あるごとにからかわれる。
 今回は、瀬名くんが告白されている現場を目撃してしまったためにからかわれてしまった。

 私は窓の下で女の子に申し訳なさげに手を合わせる瀬名くんを見下ろした。


「彼氏がモテモテだと悩みは尽きないねぇ」


 小声にして隣でからかい続けてくる凜を無視していると、ふと窓越しに瀬名くんと目があった。


「お、彼氏なんか言ってるよ」


 凜を無視して瀬名くんの口元を読もうとするが、何と言っているのかはよくわからない。
 すると瀬名くんは話すのをやめ、歩き出した。


「なんて言ってたんだろうねぇ、あかりの彼氏」

「うーん・・・」

「ていうか彼氏どっか行ったね」

「うん・・・」


 凜のからかいをスルーしていると、後ろから声をかけられた。


「あかりちゃんっ」

「!」


 驚いて振り返ると、少し息をきらして瀬名くんが立っていた。


「彼氏じゃーん」

「もうっ、いちいち彼氏呼びしなくていいからっ」


 私は凜の肩を軽く小突いた。


「あかりちゃん、今の見てた・・・よね?」


 今のっていうと・・・たぶん告白のことだろう。


「見てたよ、ちゃんと断ってたから気にしてないし」


 私はとっさにそう言ったけど、隣から凜が口をはさんできた。


「とか言って!ほんとはさっきからあかりため息ばっかついててさぁ、『今告白してる子だれ!?』『めっちゃ可愛い子だよどうしよう!』って大騒ぎしてたんだから」

「こら凜っ!」

「おっと、怒られる前に逃げるとするかぁ」


 凜はわざとらしくそう言った後、瀬名くんにひとつウィンクを残して走り去って行った。


「あかりちゃん、さっき凜ちゃんが言ってたのほんと?」


 瀬名くんはにやっと笑ってそう聞いてきた。


「・・・うそ」

「えー?本当にぃ?」

「・・・瀬名くんは私の言うことより凜の言うことを信じるってわけだ」

「・・・そう言われると弱るなぁ・・・」


 瀬名くんは私の頭を撫でて、ごめんね?と優しく言ってきた。

 自然と距離をつめてきたのはさすがとしか言いようはない。


「ちょっと嫉妬してほしかっただけ、意地悪してごめんって」


 ・・・なんか、謝られてしまうとこちらも正直に言わなかったことにちょっと後悔の念が生まれる。

 私は不本意ながら、きちんと本当のことを言うことにした。


「・・・ほんとはちょっと妬きました」

「へ?」

「ちょっとねっ、ちょっとだけだからっ!」


 瀬名くんは一瞬あっけにとられたような顔をして、そしてこらえきれないって感じでにやついたかと思うと、私の顔を覗き込んできた。


「へぇ?妬いたんだ?」

「ちょっとね!!」


 瀬名くんは何がそんなに楽しいのやらうれしいのやら、にやにやを隠し切れていない。
 そしてふっと笑うと、突然私を抱きしめてきた。


「わっ」

「かわいいなぁもう・・・俺の彼女は・・・」

「ひっ、人前でスキンシップはだめって言ってるでしょ・・・っ!!」

「いいじゃん、この時間この辺誰も通らないでしょ」

「わかんないでしょ!!」


 私は強引に瀬名くんを引きはがそうとしたけど、びくともしない。


「はーなーれーてー!!」

「やーだ」

「離れなさい!」

「やだね」


 付き合いだすと瀬名くんはこれでもかってほど甘えてくるようになった。

 ほんとそういうの勘弁してほしい。
 ・・・可愛すぎるから。


「もー、誰かに見られたらどうすんの・・・!」

「いいじゃん、見られたら見られただよ」

「だめだって・・・!」


 この会話からも察せる通り、私たちは付き合ったことをまだ秘密にしている。

 知っているのはクリスマス会のメンバーと、チカラさんだけ。
 そのみんなにも何度も口止めをしてある。


「でもさ、俺も彼女いるって言えたほうが女の子と距離とりやすいんだよねー・・・、そのほうがあかりちゃんも安心でしょ?」

「まあそうだけど・・・、それはそれで別の不安が生まれるよ・・・」


 瀬名くんと付き合っていることなんて知れ渡ってしまえば、私はとんでもなく目立ってしまう・・・どころか、どれだけの恨みを買うことか。
 私はまだ命が惜しい。


「まあ無理にとは言わないけどさー、俺としてはこんなかわいい子が俺の彼女ですっていいふらしたいわけよ」

「わかったわかった」


 瀬名くんが歯が浮くようなキザったらしいセリフを言ってくるときは、たいていふざけて言っていることはもうわかっている。


「まあ真面目にいうとさ、俺もあかりちゃんに男が寄り付かないか心配っていうのはある」

「え?私?」


 予想していなかったことを言われた。
 たぶん瀬名くんと比べると心配するほどモテていないと思うけれど・・・。

 怪訝そうにしていたのが顔に出ていたのか、瀬名くんはむぅっと口を尖らせた。


「あかりちゃん、かわいいもん」

「・・・・ありがとう」

「違う褒めてない・・・、いや褒めてるけど褒めたいわけじゃない・・・」


 確かに以前も言ったように、吸血鬼の末裔は美形が多いけれど・・・。

 正直モテるモテないは顔だけじゃなく性格も大きい気がする。
 その点瀬名くん以外の男子と関われない私には、一生モテ期は訪れない気がする。


「大丈夫、たぶん私瀬名くんで人生の恋愛運使い果たしたから」

「あはは、そうなん?それは好都合」

「でしょ?まあそういうわけだから、私の恋愛運使い果たした責任は取ってよね」


 瀬名くんは少し動揺したように瞳を揺らした。
 そして軽く口の端を緩めた。


「・・・なにそれ、どうやって責任とんの?」

「んー・・・?んー、一生いっしょにいてくれたらいいよ」

「・・・・」


 急に瀬名くんがしゃがみこんだ。


「・・・そういうとこだよ、あかりちゃん」

「・・・何が?」


 瀬名くんが顔をあげた。
 その頬は、どことなく赤らんでいた。


「そういうのが心配なんだよなぁもう・・・、今の俺じゃなかったら襲ってるからね?」

「は!?」

「いや・・・俺でも襲ってるわ」

「は!?」


 瀬名くんは立ち上がるや否や私を壁際に寄せ、逃げられないよう手をついた。


「ちょ!まっ・・・・!!」

「待てない」

「だめだめだめだめ!!ここ学校!!」


 しかしお構いなしに瀬名くんは私の頬に手を当て、私の唇に触れた。


(・・・キスしようとしてる!?)


 抵抗しようにも、手に力が入らない。

 抱きしめられているわけじゃないから、別に逃げようと思えば逃げられるのに。


(ど、どどどどうしたら・・・・っ!!)


 あわあわしている私を見てくすっと笑った後、瀬名くんがゆっくりと目を細めた。
 これは・・・・覚悟を決めるしか・・・いや・・・。

 葛藤した末、私は覚悟を決めて瀬名くんの肩に咬みついた。


「っ!」


 突然咬みつかれて、瀬名くんが小さくうめいた。

 久しぶりに、本当に久しぶりに瀬名くんの血が私の味覚を刺激した。

 甘くて、ほろ苦くて、とろけてしまいそうなほどの甘露。


「ん・・・あかりちゃん・・・」


 私は一口だけそれを飲み込むと、すぐに傷を治した。


「・・・こ、今後学校でキスしようとしてきたら咬みつくから、覚えといてよね・・・」

「!」


 私の発言に、瀬名くんは目を丸くした。

 そしてふふっと笑みをこぼす。


「なにそれ、俺にはご褒美だよ」

「~~~っ!」


 瀬名くんのいたずらっ子みたいな笑みに、私は思わず赤面した。

 どうやら私の彼氏は、一筋縄ではいかなさそうです・・・。