「寒っ・・・・」


 家を出た瞬間、凍てつくような寒さを感じて身を縮めた。
 まだ1月入ったばかりなので、しばらく寒さは和らぎそうにないだろう。


「なのにもう来週から学校だもんなぁ・・・」


 こんな中早朝から登校しなければならないかと思うと気が思いやられる。


(・・・まあ・・・学校があれば合法的に瀬名くんに会えるわけだし・・・それはありがたいんだけど・・・)


 心の中でこっそりそうつぶやき、私は気を取り直してチカラさんの家に向かった。

 毎度のことだが、チカラさんの家に来ると自然と隣の瀬名くんの家が目に入る。


(・・・瀬名くん、今何してるんだろう・・・)


 そう思いつつ、チカラさんの家のチャイムを鳴らした。
 直後、扉が開かれる。


「九鬼さん、来てくれてありがとう」

「いえ。・・・・あ、あけましておめでとうございます」

「あ、そうだな、おけましておめでとう」


 新年のあいさつを交わし、以前泊めていただいたお礼の品を渡し、玄関にあげてもらった。
 玄関にあげてもらった後、チカラさんは立ち話のまま早速本題に入った。


「今日は九鬼さんに、頼みたいことがあって」

「はい・・・」

「涼我の過去のこと、この間話しただろう?」


 突然、そんなことを言ってきた。
 話が読めず戸惑いながらも頷く。


「実は・・・今日、涼我のご両親の命日なんだ」

「!」


 私は驚いて息を呑む。


「涼我はこの日はお墓参りに行くんだが、毎年大体俺も同行するんだ。一人じゃ・・・やるせないだろうから」


 チカラさんは瀬名くんを心配してか、慮るような眼差しをする。


「ただ・・・今年に限って言えば、俺はあと一週間ちょっとで共通テストでな・・・」

「それは・・・」


 お墓参りも大事だけれど、それどころではない。


「しばらく勉強に専念したいんだ。というわけで俺の代わりに涼我の墓参りに同行してやってくれないか?」

「!!・・・わ、私が・・・?」

「ああ」

「・・・それはもちろん・・・私は構わない・・・ですけど・・・」


 もちろん、私は構わない。
 問題は瀬名くんだ。

 けれど私の言いたい意味をすぐに汲み取り、チカラさんはふっと笑った。


「大丈夫だ、涼我にも伝えてある。もうすぐ来るはずだ」

「えっ!せ、瀬名くん、私とふたりきりでもいいって言ってたんですか・・・・!?」

「特に嫌そうにはしてなかったぞ」

「そ、そうなん・・・ですか・・・」


 お墓参りなんて大切なこと、私といっしょでいいんだろうか。
 今年はチカラさんが無理な以上、確かに適役は思いつかないけど・・・、かといって私が適役だと言える自信がない。

 そう考えていると、ガチャリとチカラさんのお家の扉が開いた。
 開くと、そこには瀬名くんが立っていた。

 瀬名くんは少しだけ困ったように視線を泳がせつつ、口を開く。


「・・・待たせてごめん、あかりちゃん。行こうか」

「あ、は、はい・・・っ」


 チカラさんに一言断りを入れ、私達は二人並んで歩き出した。


「・・・・きょーちゃんに、俺の両親のこと、聞いたんだって?」

「あっ、うん・・・ごめんね、勝手に聞いちゃって・・・」

「あかりちゃんが謝るとこじゃないでしょ。怒るとすればきょーちゃんにだから、安心して」


 瀬名くんはそういって笑ってくれた。

 まだどことなくぎこちなくて視線は合わないけど、どうにか会話は途切れず進んでいる。


「にしても今日は・・・その、ありがと、墓参りついてきてくれて・・・」

「ううん、瀬名くんのご両親に挨拶できるなんて、むしろ嬉しい」

「・・・そっか」


 瀬名くんは私の言葉で、少しだけほっとしたように息を吐いた。


「あと・・・、この間のことも・・・ありがとう」


 この間のっていうと、たぶん風邪をひいたときのことだろう。


「気にしないでよ。私も瀬名くんにはお世話になってるんだからさ、お互い様」

「・・・うん、ありがとう」


 瀬名くんはそう言ってもう一度お礼を言ってきた。
 そんなに感謝されると逆に気恥ずかしさを感じる。


「・・・あかりちゃん」

「ん?」

「・・・倒れた後のこと、あの・・・、俺、はっきりとは覚えてないんだけど・・・」


 瀬名くんは少し困った感じで私を見つめてきた。


「・・・・俺・・・、たぶんめっちゃださいこと言った、よね・・・?」

「え?ださい?」


 ださいこと・・・と、いうと、どれのことだろう。

 私は、思い当たる節がない、といった感じで頭をひねる。


「・・・うーん・・・、まあ・・・、確かにらしくないことは言ってた気がする・・・けど、別にださくはなかったよ・・・?」

「・・・・ちなみに、そのらしくないことっていうのは・・・」

「え?えっと・・・『離れちゃだめ』とか」

「うっ・・・・」


 瀬名くんの顔が一瞬にして険しくなった。


「あとは・・・『かえりたくない』とか」

「うっ・・・・!」

「『水飲ませて』とか」

「うっ・・・・!!」


 見る見るうちに険しくなっていく瀬名くんの表情。


「・・・やっぱださいじゃん・・・」


 そう言って頭を抱える瀬名くん。


「えぇ・・・?らしくないとは思うけど、ださくないよ」

「そう言ってくれるのはうれしいけどさー・・・、俺のイメージが崩れるじゃん・・・」


 それを聞いて、ふと瀬名くんが倒れる直前に言っていたことを思い出す。


「・・・・イメージ、崩れるの嫌なの?」

「まあそりゃ・・・」

「私はうれしかったよ。私だけ知ってる瀬名くんがいるって思うと、心から嬉しい」

「!」


 瀬名くんは少し固まって、そしてはっとしたかと思うと顔をそらされた。


「・・・・あかりちゃん、はさ、なんで俺のそばにいてくれるの?」

「え?」

「だって・・・ここ最近、吸血してないじゃん。初めはさ、契約の条件が、仲良くする、だったから仲良くしてくれてただけでしょ?でも今は・・・」


 瀬名くんの言葉に、私は迷いもなく答えた。
 だってもう、答えは決まってるから。


「決まってるじゃん、私が瀬名くんのそばにいたいからだよ」

「!」

「吸血とか、隣の席とか、もうそういうそばにいなきゃいけない理由ぜんぶなくなったとしても、私は瀬名くんのそばにいたいからいる。だってあなたが好きだから」


 なんか、また告白してしまった。

 けど・・・この間よりずっと、素直に自分の気持ちが伝えられている気がする。

 すると突然、瀬名くんが足を止めた。


「・・・・俺、も・・・」

「?」


 瀬名くんの瞳が、真剣に私を見つめる。


「・・・俺も、あかりちゃんのそばは、心地良い。ありのままでいれる。だから、この居場所を手放したくない、って、思う・・・・」


 私は思わず瀬名くんの瞳に釘付けになった。

 瀬名くんの瞳が、不安そうに揺れた。


「でも・・・でも、やっぱり、怖い・・・人を信頼するのって・・・誰にも深入りせずに生きていけたら、それが一番安全だから・・・」

「・・・・」


 きっと瀬名くんは今、迷っている。

 私のこと、本当に信頼していいのか。
 私に、踏み込んでいいのか。


「・・・私も、そりゃ怖いよ」

「・・・え?」

「人間関係なんて、不透明だし、わかんないことだらけだし・・・実際私、凛以外誰のことも信用できなくて、ずっと友達作らなかったわけだし」


 だけど、今は違う。


「私が、初めて自分から信頼したいって思えたのは、あなただよ、瀬名くん」

「・・・・なんで?」

「だって瀬名くんが魅力的すぎるから」


 私は少しだけわざとらしく頰をふくらませた。


「瀬名くんのせいだよ?優しくて、だけどときどき甘えてきて、それでちょっとわがままなこともあって、だけど最後は私のこと考えてくれてて。たとえ瀬名くんが私の気持ちに応えてくれなくても・・・それでもそばにいたいって思っちゃったんだもの」

「!」

「たとえ相手が信頼してくれなくても、それでもいいから信頼したい。瀬名くんがそう思わせてくれたから、私は一歩を踏み出せたよ」


 私は照れを隠すように笑ってみせた。


「まあ言葉で言ってもよくわかんないかもだけどっ」

「ううん」


 瀬名くんは、少しだけ泣きそうな表情をしていた。


「伝わったよ」

「!」

「全部伝わった」


 そう言った瀬名くんの瞳に、もう不安の色はなかった。

 そのまっすぐな瞳を前に向けると、私の手をとって駆け出した。


「えっ!えっ、え!?」


 テンパる私に何も言わず、そのまま墓地に駆け込む。


(ここに・・・・瀬名くんの、ご両親が・・・)


 そう考えていると、また手を引っ張られる。


「あかりちゃん、あれ、あれがうちのお墓っ、行こうっ」

「あっ、え、え!?水は!?」

「後っ!後でやる!」


 そう言って瀬名くんはいたずらっ子みたいに笑うと、私を引っ張ってお墓の前に連れ出した。

 瀬名くんは手を合わせると、とびっきり優しい表情で、墓石を見つめる。


「・・・父さん、母さん、今日はきょーちゃんといっしょじゃないんだ」

「あ、はいっ、あのっ私はですねっ瀬名くんの友—————」


 慌てて私も自己紹介を口に出しそうになった瞬間、瀬名くんの言葉で遮られた。


「俺の、彼女」

「そう、かの————彼女!?!?」


 私はぎょっとして隣を見た。

 瀬名くんはまたいたずらっ子みたいに笑った。


「うそ、ほんとはぎりまだ彼女じゃない」


 瀬名くんは私の方に向き直った。
 瀬名くんの顔にはとびきり優しい笑顔が浮かんでいた。


「・・・・俺も、たとえあかりちゃんが応えてくれなくても、そばにいたいんだと思う」

「!」

「きっとあかりちゃんが俺のこと好きじゃなくても、俺はそれでもいいからあかりちゃんのそばにいたいって思う気がするんだ。けど実際はさ、あかりちゃんは俺のこと好きって、言ってくれてるわけじゃん。それならもう難しい事考えないで付き合おうかなって、思った」

「い、いいの・・・?」

「長々と待たせてごめん。俺と付き合ってください。」


 瀬名くんがぎこちなく手を差し出してきた。


「ん」


 私は迷わずその手を取った。


「はい!—————ってわっ!!」


 途端、瀬名くんは私の腕を引いて、抱きとめる。


「せっ、瀬名く・・・・っ!!」

「好きです」

「!!」


 瀬名くんが、力いっぱいに私を抱きしめてきた。


「ずっと言えなかったけど、あかりちゃんが好きです」


 少しだけ、抱きしめられた腕の力が弱まる。


「・・・ね、おでこにだけだから・・・キス、してもいい?」

「キッ!い、いいけど早くないっ!?」

「だって、ずっとこうしたかった」


 そう言って瀬名くんは愛おしそうな眼差しで、優しくて優しくて溶けてしまうほどの、軽いキスを、私のおでこにしてくれた。