歩詩子(ほしこ)は、山の(ふもと)の小さな施設にいました。

 パパの顔も、ママの顔も知りません。

 星空を(なが)めては、毎夜、顔も知らないパパとママに抱かれる空想をしていました。


 そんなある夜のことです。いつものように星空を眺めていると、月影に何かが動きました。

 びっくりして、歩詩子が目を丸くしていると、それはどんどん大きくなって、詩歩の目の前にやって来ました。

 よく見ると、闘牛士(とうぎゅうし)格好(かっこう)をした白いネズミでした。

 ゴンドラに乗ったネズミがオールを()いでいたのです。

「わぁー」

 歩詩子が驚いていると、

「ほしちゃん、お乗り」

 と、ネズミが(しゃべ)りました。

「そんな小さな舟に乗れないわ」

「大丈夫だよ、この舟に触ってごらん」

 ネズミはそう言うと、ウインクしました。

 歩詩子は恐る恐る、人差し指で、浮いているゴンドラに触れてみました。

 すると、どうでしょう、歩詩子はみるみる小さくなって、あっという間にゴンドラの中に座っていました。

 歩詩子はネズミと同じ大きさになっていたのです。

 ……夢を見ているのだと歩詩子は思いました。

 やがて、ゴンドラは動き始めました。

「さあ、行くよ」

 ネズミはオールを漕ぐと、Uターンしました。

「どこに行くの?」

「ほしちゃんのパパとママのとこだよ」

「えっ! ほんと? パパとママに会えるの?」

「ああ。会えるよ」

「そこはどこ?」

「あの月の近くの星だよ」

 月に向かって、ネズミが指を差しました。

「へ~……」

 歩詩子は笑みを浮かべると、まだ見ぬパパとママに思いを()せました。

「ぼくは、アントニオ。長いから、トニオでいいよ。よろしく」

 トニオは自己紹介すると、ぺちゃんこの黒い帽子を少し持ち上げました。

「トニオさんはどうして、わたしの名前や、パパやママのことを知ってるの?」

「ぼくは、“星の国”のメッセンジャーだからさ」

「……メッセンジャー?」

「そう。だから、地球のことはなんでも知ってるんだ。ほしちゃんのことも、パパやママのこともね」

「ふ~ん……」

「パパとママのことを思って、星空を眺めていたこともね」

「パパとママはどんな人?」

「それは言えないよ。ほしちゃんが見つけるんだ」

「……見つかるかな」

「見つかるさ。……きっと」

「……うん」

 歩詩子はちょっぴり不安でした。パパとママを見つけられなかったらどうしようと思いました。

 ゴンドラはゆっくりと、(きら)めく銀河を進んでいました。星屑たちは美しく輝きながら、猛スピードで、歩詩子の周りを流れていました。

 見下ろすと、地球がビー玉のように小さくなっていました。

「わぁー! キレイ……」



 ――流星のトンネルを過ぎると、青空に変わりました。

 そして、白い雲の上に黄色いバラの花で飾られた扉が浮かんでいました。

「さあ、着いたよ」

 トニオがオールを置きました。

「……ここ?」

「そうだよ。さあ、降りて。あとでまた、迎えに来るからね」

 トニオにそう言われても、歩詩子は心配で、ゴンドラから降りることができません。

「さあ、早くしないと、扉が開かなくなるよ」

「ほんとに迎えに来てね」

「ああ。必ず来るよ」

 そう言って、トニオはウインクしました。

 少しホッとした歩詩子は、勇気を出してゴンドラから降りると、雲の玄関に足を置きました。

 あら、不思議。地上のように、ちゃんと地に足が着きました。

 歩詩子は安心すると、バラの花で飾られた扉をゆっくりと押しました。