土曜日、午前十時。最寄りの駅まで、進藤さんは車で迎えに来てくれた。メタリックなネイビーの車体は、太陽の光が当たるとキラキラと星空のように光って見える。
「おはようございます」
「おはようございます、進藤さん」
運転席から降りてきた進藤さんは、いつもより少しだけおしゃれをしているようだ。私に向かって挨拶すると、さっと反対側へ回って助手席の扉を開けてくれた。どうぞ、と私を車内へ誘う。
「あ、ありがとうございます。……おじゃまします」
車に乗ると、ふわっ、と進藤さんのにおいがした。
「その服、素敵ですね。良く似合ってる」
助手席に座るやいなや、運転席に乗り込んだばかりの進藤さんに褒められた。何を着ようかさんざん迷って私が選んだのは、草花が小さくプリントされた春物のワンピース。そろそろ暖かくなってきたから、と。
「ありがとうございます」
「ボタニカル柄、っていうんでしたっけ。そういうの」
「はい。好きなんですよね、何だか生命力に溢れている気がして」
進藤さんは、そう、と言って微笑んだ。
見慣れた風景が遠ざかり、気がつけばあっという間に知らない街を走っている。そういえば、こんなふうに車に乗ったのはいつ以来だろう? 自分では運転をしないし、図書館へはバスで通勤している。たぶん、車に乗ったのは思い出せないくらい昔だろう。
運転をする進藤さんの横顔は真剣そのものだ。もしかして、緊張してたりするのかな。
「あの、進藤さん」
「はい」
「そろそろ教えてくれませんか?」
「え?」
進藤さんは、ハンドルを握りながらちらりとこちらを見た。まさか、忘れてる?
「進藤さんのお仕事です」
「ああ、そのことですか」
進藤さんはふふっと笑った。
「翻訳家です」
信号で車が停まったタイミングで、進藤さんはそう答えた。
「翻訳家?」
「ええ。専門は映像翻訳——映画の日本語字幕ってあるでしょう? あれです」
「へえ……! ああ、だから……」
「え?」
「あ、いえ。進藤さん、いつも変わった本をたくさん借りて行かれるから、どんなお仕事されてるのかなって。ずっと気になっていたんです。ようやくスッキリしました」
そう言うと、進藤さんは笑った。
「すみません、ずっとモヤモヤさせてしまって。でも、嬉しいです。ひなたさんに気にしてもらえていたなんて」
——えっ。今、さりげなく「ひなたさん」て呼んだ……?
私の心の声が聞こえたのか、進藤さんはすみません、と小さく苦笑した。
「あの、もし嫌じゃなければ呼んでもいいですか? その……名前で」
心臓がドキドキする。
「あ……はい、もちろん。嫌じゃないです」
「良かった。じゃあ、これからはひなたさん、て呼びますね」
ヤバい。なんだかめちゃくちゃ恥ずかしい。くすぐったい。
「ひなた、って良い名前ですよね」
「そ、そうですか?」
「うん。温かい感じがして、とても素敵です。ひなたさんにぴったりですね」
これ以上褒められると身がもたない。進藤さんて、意外に……なんていうか、慣れてる、のかな。モテそうだもんね。当たり前か。私が抱いていたイメージを勝手に押し付けたりしたら駄目だ。
私が無反応だったからか、進藤さんが咳払いをした。
「名前、似てるなって思っていたんです。俺と」
「進藤さんと?」
「はい。俺、隼汰っていうんで。ひなたとはやた。ほら、似てるでしょう?」
「ふふ、本当ですね」
——気付いてたよ、ずっと前から。
進藤さんが同じことを考えていたことを知って、嬉しくなる。
「そろそろ到着しますよ」
進藤さんが言うと、視界に動物園の看板が見えた。
「おはようございます」
「おはようございます、進藤さん」
運転席から降りてきた進藤さんは、いつもより少しだけおしゃれをしているようだ。私に向かって挨拶すると、さっと反対側へ回って助手席の扉を開けてくれた。どうぞ、と私を車内へ誘う。
「あ、ありがとうございます。……おじゃまします」
車に乗ると、ふわっ、と進藤さんのにおいがした。
「その服、素敵ですね。良く似合ってる」
助手席に座るやいなや、運転席に乗り込んだばかりの進藤さんに褒められた。何を着ようかさんざん迷って私が選んだのは、草花が小さくプリントされた春物のワンピース。そろそろ暖かくなってきたから、と。
「ありがとうございます」
「ボタニカル柄、っていうんでしたっけ。そういうの」
「はい。好きなんですよね、何だか生命力に溢れている気がして」
進藤さんは、そう、と言って微笑んだ。
見慣れた風景が遠ざかり、気がつけばあっという間に知らない街を走っている。そういえば、こんなふうに車に乗ったのはいつ以来だろう? 自分では運転をしないし、図書館へはバスで通勤している。たぶん、車に乗ったのは思い出せないくらい昔だろう。
運転をする進藤さんの横顔は真剣そのものだ。もしかして、緊張してたりするのかな。
「あの、進藤さん」
「はい」
「そろそろ教えてくれませんか?」
「え?」
進藤さんは、ハンドルを握りながらちらりとこちらを見た。まさか、忘れてる?
「進藤さんのお仕事です」
「ああ、そのことですか」
進藤さんはふふっと笑った。
「翻訳家です」
信号で車が停まったタイミングで、進藤さんはそう答えた。
「翻訳家?」
「ええ。専門は映像翻訳——映画の日本語字幕ってあるでしょう? あれです」
「へえ……! ああ、だから……」
「え?」
「あ、いえ。進藤さん、いつも変わった本をたくさん借りて行かれるから、どんなお仕事されてるのかなって。ずっと気になっていたんです。ようやくスッキリしました」
そう言うと、進藤さんは笑った。
「すみません、ずっとモヤモヤさせてしまって。でも、嬉しいです。ひなたさんに気にしてもらえていたなんて」
——えっ。今、さりげなく「ひなたさん」て呼んだ……?
私の心の声が聞こえたのか、進藤さんはすみません、と小さく苦笑した。
「あの、もし嫌じゃなければ呼んでもいいですか? その……名前で」
心臓がドキドキする。
「あ……はい、もちろん。嫌じゃないです」
「良かった。じゃあ、これからはひなたさん、て呼びますね」
ヤバい。なんだかめちゃくちゃ恥ずかしい。くすぐったい。
「ひなた、って良い名前ですよね」
「そ、そうですか?」
「うん。温かい感じがして、とても素敵です。ひなたさんにぴったりですね」
これ以上褒められると身がもたない。進藤さんて、意外に……なんていうか、慣れてる、のかな。モテそうだもんね。当たり前か。私が抱いていたイメージを勝手に押し付けたりしたら駄目だ。
私が無反応だったからか、進藤さんが咳払いをした。
「名前、似てるなって思っていたんです。俺と」
「進藤さんと?」
「はい。俺、隼汰っていうんで。ひなたとはやた。ほら、似てるでしょう?」
「ふふ、本当ですね」
——気付いてたよ、ずっと前から。
進藤さんが同じことを考えていたことを知って、嬉しくなる。
「そろそろ到着しますよ」
進藤さんが言うと、視界に動物園の看板が見えた。